圧倒的に、アプトプットが足りない。文句を垂れる前に、アウトプットだ!出力だ!と自分に叱咤する。

次女の幼稚園の運動会に行く。子どもたちが自由し放題で、先生たちは統制を取ろうと大変なんだろうけど、何となく隊列はまとまっているが、直線では無く、線をノイズでマルチプライしたようなごにゃごにゃ感が微笑ましい。

というのも、その2週間前、長女の小学校の運動会に行ったのだが、久々に見た整列!気を付け!前習え!という号令の元に、一直線に並ぶ子どもたちを見て、違和感というか、嫌悪感を感じた。あぁ、こういう教育をしているから日本はダメになったんだなと、罪無き無邪気な子どもたちの姿を見て思う。これじゃ、まるで軍隊、いや、どこかの某国と一緒じゃ無いかと思ってしまった。

台に載った指揮者の言うことを暗黙に聞き、ただひたすら従えば、評価される。こういうことを身体的に染む込ませる。これは、何なんだろうか。世の中で叫ばれている、「イノベーションを起こす!」とかけ離れたよう光景だ。

幼稚園児たちは、確かに、だらだらに見るようだが、目的に(例えば、協議をするとか、お遊戯をするとか)向かって、下手でも自律的に動こうとしていて、先生たちも、強制的にと言うよりは促すようにして、全体の形を維持しようとする。高圧的では無く。

幼稚園から小学校に上がるまでに、こういった変化が起きて、何か、失われているのでは無いかと思ってしまう。39歳の自分が、未だに、あの白い大きな箱で起きていたことに違和感を感じて生きているのは、ここにあるのかもしれない。

まぁ、モンスターピアレントなどと言われないように、こっそり考えたいと思います。