自分はどうも、タイトル(肩書き)に弱い。そう呼ばれると、それらしく振る舞おうと自分をインフォームする。それが自分を拡張させるのだと、思っていたのだが、そうでも無い。

自分の社会的な、相対的な評価よりも、自分が何をつくりたいのか、世に送り出したいのか、それが主軸であり、その手段としてタイトルがあるのだ。と、今更ですか?と思い直す。(なおす、というよりは、ただす)

それにしても、世は複雑怪奇である。