NHK BS1の「コロナ新時代への提言2 福岡伸一×藤原辰史×伊藤亜紗」を観る。先日のユヴァル・ノア・ハラリのインタビューに次いで、良い内容だった。福岡さんが提示したギリシャ哲学のピュシスとロゴスの、現代における対立とその関係性は、とてもわかりやすく、今人類が置かれている状況を紐解く、霧を晴れさせる良い視座だった。不勉強ながら藤原さんのことを始めて知るが、この方のお話もおもしろい。無論、伊藤さんの話も。

ここまで、進んでしまった我々の文明。よく言われるのが、これまでの感染症の大流行とは違い、一人一人の命を尊重しなければならない時代において、絶対性な権力の行使による抑え込みができない世の中で、我々はどうこの感染症の拡大を防ぐことができるのか。そこに、ピュシスとロゴスのバランス。ロゴスの台頭による我々文明の脆弱性があるのかもしれない。

もはや、「After」 COVID-19というのは無いのかもしれない。with COVID-19という時代を生きなければならない。その時代を生きるために、我々はニューノーマルを受け入れなければならない。しかしながら、今、叫ばれているニューノーマルは、本当のニューノーマルでは無い。言うところ、これまでのノーマルから、本当のニューノーマルへの中継ぎにしか過ぎない。

最近、atom と bitの関係の変化というのをコロナ渦の視点で考えていたのだが、atomというのはピュシス、そして、bitはロゴスとも置き換えられる。コロナ渦の影響でリモートミーティングやxRなどが注目され利用率が高まっているが、それはロゴスへの傾倒でもある。物理的な物を我々がデジタルで伝送するとき、つまりbit化するとき、そこには必ずロゴスを介する。

話を茶化すわけでは無いが、ニュータイプにでもなって、テレパシーを扱うかのように意思疎通をできれば、リモートもピュシスであるかもしれないが、それは現実的では無いと思われる。無論、可能性として、ニュータイプの誕生も有りうるかもしれないが。

ピュシスへの回帰なのか、それともbit、ロゴスを介して(超越して)、我々はニューピュシスを見いだせるのか。とても気になる。考えるべき先が、遠くになったことは良いことだ。