違和感を感じないことは大事である。

ぼやぁーと考えていることを現実味なことに落とし込んでいくことは、難しい。なんだか、年々難しくなっている。それは、年々、妄想の度合いがひどくなっているだからだろうか。

娘と、ひょんなことから、愛宕山にあるNHKの放送博物館に行く。なんとなく、古めかしい機材が、古めかしく展示されているのかと思ったら、全然違って、いろいろと挑戦的なインタラクティブな展示があって、とても楽しめる場所だった。おまけに、無料。「ひょんなこと」の原因である娘のぐずりは、どこかに消え、笑って楽しんでいた。

自分はそういうときは、できるだけ、押さないようにしている。引いてあげる。自分を押し付けてはいけないと思っている。物体もそうだが、圧をかけないで、引いてあげると、その物がもとめる形へ赴くままに動き出す。要は「赴くまま」に動かしあげられるかが、大人の、親の余裕なのかもしれない。型にはめようと、圧力をかけるのは簡単だ。ひとまずは形になるから、大人自身も満足できる。だが、それは、大人のエゴだようなぁと思うのだ。もし、自分たちが求める形があるのならば、その形に赴くように仕掛ける。それが、文明ではないだろうか。英知とも言う。それは、ホモ・サピエンス。