今日も、梅雨だというのに、空は晴れ渡っている。来週から、天気が崩れると言うことなので今日、思い切って素材撮りに街へ出る。建物が映って見開きの良い場所を探したのが、結局橋の付近とか、川べりに下りて町並みを見上げるアングルを多く撮った。
川を中心に、盛岡の街を歩くと、いかに盛岡が川の街であるかと言うことがわかる。
こういう街の雰囲気も独特なのかなと、河原で遊ぶ親子連れを見ながら思う。

今宵より東京入り。

午前中からダッシュな感じで!!
昼に、調子をこいて弟とAEONのバイキングに行く。食い過ぎたぁ。加えて、バカ話兄弟をやってきました。
夜は、IBCのスタッフと音楽担当と自分で打ち合わせ。

今夜の「水曜どうでしょう」は、かなり笑えた。4年前の放送の番組内容だったんだが、年末に水曜どうでしょうがゴールデンタイムに放送されることになり、そのPRのためローカル局初(?)の24時間テレビを敢行するというのも。まぁ、話には裏があって、CM枠の番宣をすべて生CMしてしまおうという企画。本当に、それをやってしまったのか!と思うんだけど、そう、これこそ、アラカワ提唱の「開き直り」の精神です。中央じゃできないことをローカルでやっちまえということです。

天晴れ!!

こういうことを仕掛けていくことがテレビを作ることなんだろうなって思う。いや、むしろ技術が関わることの全般に言えることかもしれない。80年代のメディアアートにものすごく力があったのは、技術を越えるという一種の野望的なものがあったから。同じく、テレビにも同じことが言えることだと思う。

地上デジタル放送が始まる。基地局を建てるといくらお金がかかって、それでやばい、赤字になるという話しか、テレビ局から聞こえてこない。技術革新の上には、とんでもない形のコンテンツが待っている!そう、コンテンツを作る人間は考えなければならないと思う。いや、なければじゃない、そう自然に考えるヤツが、メディアを変える。SDを2本送れるんだったら、2次元中継をそのまんまやっちゃえばいいじゃない。それぐらいの勢いで。

Bonnie Pinkの新譜をようやく聴く。奥底から来るピアノとベースのミックスが好きです。

シネマストリートプロジェクトからお知らせメールが届く。ドイツのエコバック「FREITAG」をJAZZY SPORT(岩手県盛岡市上ノ橋)で扱っているんだけど、それの購入に地域通貨「c」が使えることになったそう。このバックの話、この間、シネマストリートプロジェクトのラジオに出させてもらったときに、番組終了後にラジオ局の人とKCと話していたバック。確か、KCはそのバックが盛岡で売られていることを知らなくて、JAZZY SPORTに行って買ってくる、と話して、その日は別れたのだが、その後、話を付けてきてしまうとは…その行動力、天晴れ。円とcの交換も始まったらしい。この2年間、着実に活動しているんだなぁと改めて思わされる。イベントの時に、ちょろちょろと絡んでいる自分らとは違う。

それこそ、地域通貨には、社会の構造を変えるブレーク性を持っている。そういうところをアートの方からデザインしていくのも、自分の仕事かなと学生時代から思っている。何か実現できればいいのだが。

そうそう、シネマストリートプロジェクトのコンセピチュアル ファッションショー「宝サイクル」が秋にも催されるそうだ。噂では、僕らに衝撃を残したあの日に開催される模様。

煩悩を捉える力と映像と情熱を。

今日は、昔で言うとチャグチャグ馬ッコの日。

この間、聞いて驚いたのが、今日はジャイアンの誕生日らしい。

アシスタントへの資料作りに午後を割く。この人たちにわかるかなぁと想像しながら執筆するのだが、なんとも専門的なレベルにしか落とし込めず、んーと思うが、そういうことを自分はしているんだなぁと改めて実感。この技術、どこで身に付けてきたんだと、ふと思ってしまった。

高校時代からインディーズでいろんな人を巻き込んで映像制作をやってきて自分として思うことは、その先に自分がしなければならないのはギャラ付きの仕事を引っ張ってきて、そういう仕事を自分を含めて他のクリエイティブなスタッフにも割り振っていくことなのだろうと思っている。もちろん、インディーズワークも今後もやっていくのだが、そういうところで個人の中の事業配分というか、自分や他のスタッフの中で何本かの柱を考えたときに、そういうのが無いとエンターテイメント、メディアに関わる分野のクリエイティブな活動というのは発展していかないと思う。特に、地方は。

今夏、発表するであろう作品のプレゼン資料を書かなくちゃ!と思いながらもんぐーな日々が続く。ヴィジュアル面のデザインと実装を考えつつ、うーむ、ディレクタ、デザイナ、プログラマの3人ぐらいで当たりたいのだが、そういう良い人材がいないなぁと思いつつ、開拓したいなと思いつつ。インタラクティブなイベントを考えつつ、動きのあるオブジェクトをデザインできる人が周りにいない。やっぱり、静止的な平面デザインで終わっている人が多くて、奥行き感がない。いや、頭の中で考えていられても、それを現実に投影できなければ、やはり一緒に活動はできないからね。一方でクリエイティブなWEBアプリケーションをガシガシと作ってくれる人にも出会いたい。デザイン物好きな実装屋さんって、意外と少ない。

The Music, World’s End Girlfriend.

太田にあるこども科学館のプラネタリウムが新しくなるらしい。知らなかった。

また、余計なことを始めたというか、もたらしたかな。

久々に肴町のスタバに行ったら、混んでる混んでる。なんでだ?と思ったら、高校生の姿がやけに目に付く。どうも、試験勉強をしているようです。勉強をするのって、図書館じゃないんだ。

今日は、外にズーと出て仕事をしていたので、昼にこれまた久しぶりにマクドナルドに行ったのですが、持ち帰りと頼んだんだけど、えー!というぐらい包装をしてくれる。バーガー、サラダ、ドリンクをそれぞれ別の紙袋に入れて、さらに大きな袋に入れるという包装。思うに、バーガー、サラダとドリンクの二つには少なくとも分けられるでしょう?と思ってしまった。エコとかの前に、経費がかかるんじゃないの?って単純に思ってしまう。

空気公団って、解散じゃなくて、メジャー契約を終了して、一人ユニット状態になっていたんだと、昨日WEBを見て知る。

FUSEの開発者が、デジタルステージのIDサイトにスタッフとして顔を出している。合従連衡なのでしょうか?Motion Diveがこのままデファクトというのは、それはそれで健全じゃないよなぁと思いつつ。競い合うという市場があるからおもしろいと思うんだけどね。動向が気になるなぁ。

朝ご飯を食べた後に、dotprojectのインタフェースの一部をFlashで実装できないかと妄想を膨らませる。タスクが多くなると、使いにくくなるのだもの。オープンソースってこういうときに、すぐに改良できるから良いよなぁと、初めて開発者サイドで実感する。いつもは、ただか安いなでしかありがたみを感じていなかったのだけども。

久々に岩大に行く。すると、悲鳴が聞こえる。なんだ?と思ったら、友人がカマドーマにビビッて上げた悲鳴。人には、訳のわからない弱点があるものです。

映像仕事の打ち合わせ。トラックを作ってくれるヤツの家に行って、こういう感じで、ああいう感じでと話す。結局、キーワードになった言葉は、3.5段ロケット、ベッキー。そういう音になるはずです。

ジャケット, 液晶ディスプレイ, iPod, 外付けHDD。どれも欲しいが、どれか一つ。どれなんだぁ。

午後から動き始め、打ち合わせ、作業。途中、待ち合わせまで時間が空いたので、ロケハンを兼ねて旭橋、開運橋界隈を歩く。

去年だとテレビの映像の仕事というと少々浮かれていたところもあるが、最近はそういうことはなく、如何に的確にかつ目立って、アラカワらしいかを脳みそグツグツ言いながら考えています。今回も思ったのが、インディーズ、プライベートワークで実験しておくって大事です。引き出しの数と言うより、その引き出しに詰まっているかも大事ですね。

生意気にも、さざなみで請けている仕事のアシスタントを募集し始めた。作業量が多すぎるために、急遽助っ人を募ることにしたのだ。と言っても、そのための作業の整備で、これまた時間はかかるのだが。

Nikon FEのシャッターが降りない症状を突きとめた。どうも、1/1000のシャッターが降りていないようである。ミラーが上がりっぱなしになってしまう症状。当分は、1/500以下で撮ることに。

参院選には、元ノルディック選手の荻原健司に、女子プロレスラーの神取などがタレント議員として出馬するようであるが、これまでに何らかの政治活動をしてきているのならば納得となるのだが、そんなのをしたことがないように思われる人たちが立候補すると、どうなんだろう?って思う。個人的には、一人一芸議員というのを推進しているのでタレント(才能)ある人が議員になるのは良いと思うが、「政治」ができるかがかなり疑問だ。議員になってから政治家になられては困る。

法律って、できあがった後、誰もが関わらなければならないものなのだが、その出来上がるまでってどうも、閉鎖的というかどうやって出来上がっていくかとか、どういうコンセプトでつくられたのかというのがわかり難いところがある。こちら側から知ろうと意欲できないと、わかり難いというものであるのかもしれないが。もっと、オープンな、オープンソースなことでできないものだろうか。何しろ、完成後は、それこそオープンなドキュメントなのだから。ところで、法の文章の著作権というのは誰が持っているのだろう?それとも、COPY LEFTなのか。

前から社会に対するデザインと書いてきたのだが、そういうことを話していると、いろいろネタが向こうからやってきたり、目にとまるようになったりする。あるネタの実情を調べようと検索をかけていたら意外にも、バリアフリーに関する情報が次々とヒット。それらのWEBページを見ていたのだが、一つ疑問が。WEBページ自体が全然ユニバーサルデザインじゃないということ。いくら障害者の方への情報を掲載しているとはいえ、それが本人たちにきちんと届く形ではなければ、どうなの?って思う。

そのネタというのは、周りの人に話を聞いてみて、本当にニーズがあるようであれば着手したいなと思っているネタなのです。特にも、女の子にモニタとして参加して欲しいネタです。

久々に花束を買う。知り合いに買う花だけど、ドキドキしてしまう。花とは不思議なものです。

その知り合いに、すんごい卓球おもちゃをもらう。ブリキでできたおもちゃで、ゼンマイを巻くとかなりのスピードでラリーを始めてくれる。間違いなく中国級。

昨日、ラジオ出演の後、岩山にできた岩手漆芸美術館に行ってきた。漆というと、漆器をイメージするのだが、それは根底から覆された。絵画、油絵のような感じで、器とかに描かれている作品よりも、パネルなどに描かれている作品が多い。どうやってこの作品は描かれているのだろうというと不思議になってしまうぐらい、技巧的で繊細で大胆である。シャープな線も出ているが、淡い塗りもあり、素晴らしい。作品も、情熱的なものから幽玄的なものまで。その世界観に圧倒される。

この漆芸美術館は、岩山にあった旧橋本美術館を全龍福氏が中心になって再利用する形で立ち上がった美術館である。橋本美術館時代からある南部曲がり家の展示もあるし、今回からだと思うが工芸品の展示などもある。前に行ったときは、閉館間際に行って結構駆け足で巡ったので、味わい深くみることができなかったのか、とても新鮮な建物だった。和風なの洋風なのか、近代なのか古代なのか、まるでその建物自体がタイムマシンのかのよう。ところどこに施されている建築的な演出も素敵。個人的には、工芸品が展示されているコーナの部分が気に入った。木造になっていて、吹き抜けがあり、その先には中2階みたいなところがあったり。こういうところを事務所にしたいなと妄想がふくらむ。

最近、刺激がないという方、ぜひ、行ってみてください。

この季節、バラがきれいですな。路地裏の細い道を走りながら、人の家の玄関先に咲くバラの花に目後奪われます。トゲがあるとは言うけれども。

自衛隊の多国籍軍への参加。どうなんでしょう?なし崩し、暴走の感は否めないような気がします。

年金問題。どうせ、自分たちはもらえないからと言って、納めない人もいるようですが、そういう人たちほど代替案を何も持っていないし、年金の話をすることもできないぐらい年金のシステムに関してわかっていない。テレビニュースを表層的にしか捉えていないような気がします。本質的に、どこがダメでから、俺は払わないという人に、未だ会ったことがない。

さすが梅雨です。一日中、雨。

Pianaさんが、昨日の岩手日報の夕刊で取り上げられています。本人は、アジアツアー真っ最中ですが。そういえば、在盛ミュージシャンというと柳田久美子さんっていたんですが、現在は上京して活動中らしい。

今日は、ほとんどの時間をインターフェースのアニメーションのデザインに割き、そのあと映像仕事のデザイン案、絵コンテ書きに頭を悩ませる。

FORサーバがまだ動いていた。誰が管理しているのだろう?

盛岡の某クラブのサイトを担当することになった。恐らく小規模なものになりそうだが。

無条件で、尊敬しちゃうと言うか、憧れてしまう人が自分には数人いるのですが、その一人、中田英寿のインタビューが昨日、今日とテレビで流れていた。スポーツ選手と言うよりは、一人の何かを成し遂げようとしている、挑戦しようとしている人間として、やはりすごい人だなぁと改めて感じました。

友人が家に来て飯を食べて、親父が帰ってきてから日本酒を飲み始め友人を交えて、いろいろ会話を交わしました。話は弾んで、盛岡の街の歴史の話になり、生まれたときから盛岡に住む父親の話に耳を傾けたのですが、おもしろい。

例えば、自分がバイト先をしていた盛岡市本町の田口カメラの向かい側を古い地名で、「大手先」というのです。で、この「大手」という意味は、盛岡城(現岩手公園)の大手門の意で、お城の入り口になるのです。詳しくないのですが、昔、お城に使える者たちはここから登城したのかな。その大手門の先だから、大手先というのだそうです。そして、ここから話がおもしろい。その大手先門に通じる田口カメラから続く道、田口カメラのところで突き当たりにぶつかるのです。利便性を考えるならば、そのまま真っ直ぐ、現在の愛宕町方面へ続いていればいいのですが、ちょっとずれてまた道が続くのです。いわゆる、城下町特有のカギ十字型の道のつくりになっているのです。現代の区画整備とは逆をいっているわけで、きちんとした十字路ではないので交通渋滞の種になる可能性は高いです。昔は、お城に簡単に攻め込まれないように、直線の道にしないで、あえて角をつけてお城の防衛能力を高めようとしたんですね。

話を聞くと、そんな複雑な交差点が本町にあるなぁと思い起こされるわけです。なぜ、近代の区画整理の流れの中でも残ったのか?それは、空襲で焼かれなかったからと言うのが大きいらしいのです。その時、自分は、今の街に息づく歴史みたいのを感じて、浪漫じゃないですけど、素敵だなと思ったんです。

確かに、交通渋滞の素にはなるんですが、そこに自分はこの街のアイデンティティを感じたんです。この街は、城下町で先の大戦の中でも残ったんだなって。この街の持っている個性というか、昨日書いた手の写真の手に残る傷のように。故本田宗一郎氏の手には職人としてのいくつもの傷があって、氏はその傷が何の開発の時に負った傷なのかを一つ一つ覚えていたとか。そういう記憶を導き出す印だなって。

今の街に息づく歴史、いや街のアイデンティティを、24歳までこの街で生きてきた自分はその歴史を知らなかったんです。もしかしたら、昔、小学校の頃に習ったのかもしれないけど、気にも留めなかったのかもしれないし、誰も教えてはくれなかったのかもしれないし。

実は、この話に至るときに街区整理のために古い地名が失われているという話をしていたのですが、郵便番号や番地を扱うシステムの記憶能力が上がれば、細かい地名があっても全然平気なんですね。これは、名字などの感じを簡略してしまったことに近くて、それを取り戻すことって大事なんです。映画「千と千尋の神隠し」の主人公と同じように。

そういう街のアイデンティティを残しつつ、新しい街をデザインしていく。社会をデザインしていくって必要だなと思うんです。盛岡の人は、そんなことは思っていないと思うけれども、ああいう交差点を簡単になくしては行けないと思うんです。むしろ、その上に、知恵を絞って何かを生み出していくべきだなと思うんです。

クリエイティビティ、そしてデザインは、街、社会を変えていく力を持っている。そう思うんです。それは、いろんなジャンル、レヴェルのデザインにおいても。

受け継ぎたいアイデンティティ、そして確立したいアイデンティティ。

デザインが僕らのアイデンティティをつくっていく。なかなか素敵だな。いや、素敵でしょ。