昨日、盛岡でミーティングを3件こなしてから、東京へ深夜バスで移動。10時からの下馬でのELPのミーティングに出るには、この手段しかないと決め込んでいたが、最終新幹線という手もあったのね、後から気付く。まぁ、良いか、5,000円浮いたし。

盛岡自主制作映画祭も着々と動き出している。今年は、代表の十文字香菜子(盛岡三高の後輩)がワークショップなどを企画しているらしく、その相談に乗るというか、いろいろ意見交換をする。盛岡での映像制作を目指す若者を育てるという意味では、ワークショップはとても大事である。問題になってくるのが、講師。結局、盛岡に気鋭の映像クリエイターっていないから、東京みたいにお声をかけて講師をぜひ!お願いします、と言えない。自分も、そんな域までは達していないので、講師などというのはできないし。誰かいないものかと、仙台も視野に入れて画策中。

IBCで今秋から流れる予定のCMの打ち合わせを。自分からの提案で、かなり強引だがショートフィルムっぽいドラマ性のあるCMにすることに。予算面でかなり厳しいが、今後につなげるという意味合いで押し切ろうと担当者と話す。これがシリーズ化になったり、視聴者の皆さんの間で評判になったり、ACCで何かしら評価されると非常に良いなと。仕込みを急ピッチで始めないといけない。撮影は、盛岡で行う予定。役者も、盛岡の方にお願いする予定。公開は、9月下旬。お楽しみに。秋の夜長が待っているな。

久々に、絶賛系のメンバーが集合。メンバーと言っても、沢野さん、増澤、そして自分だが。リニューアルに向けての話し合いをする。加えて、絶賛系のポジショニング、存在意義などを再認識したり。

ELPのミーティングでは、フォトンの渡邊さんと初めて会った。とても快活でおもしろい人だった。とても、社長とは思えない感じ。だけど、自分の強みを持っていて、それを武器にしている。今度の製品の開発は、沖縄でするとか。うーむ、自分も頑張らなければと、改めて思わさせられた。

秘密裏プロジェクトに、VJの仕込みで、今秋は寝られません…。

今年初の花火大会に行く。花火はなんともきれい。一瞬に咲く花でして、はかない。見ていると、上げる順番、構成にもストーリーがあるようで、静と動を付けることを意識した上げ方だなと。花火の上げ方にもストーリー展開があるのですね。

自分の前で花火を見ていた2歳ぐらいの子供が印象的だった。花火が上がるたびに、声を上げる。声を上げる花火と上げない花火があるように見えた。一種の歓声ではあるのだが、彼はすでに、視覚を声に変換するというパフォーマンスをすでに習得している、そんな風に思われた。何かから感じて、それを別な表現方法に変換する。そこに介在するのが人であり、アーティストなのかも知れない。もちろん、それは単なる無機的な変換ではなくて、アーティストの感じたものが付加されることで変容していく有機的な変換である。

と、いろいろ考えなくても、子供はそんなことをまるで生理的にやっている。野性的といったらいいのだろうか。

いろんなことのヒントは、転がっている。そう思わさせられた花火大会だった。花火に加速度を感じてしまったりしているからな。

盛岡は避暑地状態。涼しいです。
東京も涼しくなってきたようで、戻ってから作業に邁進できそう。

本日は、千葉さん@IBCが関わる「お笑い三陸ボンバー」に行ってきた。
結構な人数のお客さんが来ていて盛り上がっていた。
企画の主体は、地元の女子高生たちが行ったようで貴重な体験になったんじゃないかなと思ってみていた。いや、見ていたとは言い難い。というのも、急遽ライブカメラのオペをしていたので。二丁拳銃ときぐるみピエロがおもろかった。きぐるみピエロの方は、コントというよりは小劇場の演劇の感がある。他にもネタを見てみたいと思った次第で。

東和町にある萬鉄五郎記念館に、「はらぺこあおむし」で有名なエリック・カール展を見に行く。おもしろかった。「いろのまほうつかい」というサブタイトルが付いていたがまさしくその通り。驚くことに、彼の絵は、ティッシュペーパーにアクリルで色づけをしたものを切り絵のようにして並べているものだそうだ。その技法に、惹かれこだわっている氏の姿が素晴らしいなと思った。

最近、怖いことが、一つある。
それは、アラカワは変わった。冷たくなった。と、盛岡に行ったときに言われることである。

自分でも、もしやと思うのだが、ちょっとずつではあるが、やはり考え方が変わってきている。東京に来て最初の頃は「盛岡は生ぬるい」などと生意気なことを思っていたのだが、そうではなくて、「盛岡にいた頃の自分が生ぬるかった」と思うようになってきた。

今の自分は、良い意味でも悪い意味でも好きだ。なんだか、大学1,2年頃の鋭さが出てきたような気がする。世の中を喰ってやる。という勢いが少しずつ戻ってきたような気がする。ただし、そういう自分が受け入れられるかと言うことになると、それはまた別問題の様な気がするので、上で書いたような不安が生まれてくる。しかし、自分はそうであることを今、望んでいる。

本当に、おもしろい。自分をちょいと見つめながら、そう思う。

明日は、新木場に行って下見である。それに合わせて、作品で使うネットワークのチェックを行う。そのため、ヨドバシで無線LANルータを購入。クラブのLAN側に無線LANルータを接続し、ブースまで無線で飛ばし、リンクさせるのである。それから、機材の運搬用にアルミケースも入手。
ただし、液晶用モニタのちょうど良いハードケースがなかった。おそらくミキサーのハードケースを流用できるのではないかと考えているので、渋谷とか新宿の楽器屋を今度回ろうかなと思う。

なんだか、働いてもどんどん制作費に消えていく。こういうのも、やっぱりおもろい。どうなっていくんだか。

東京に来て一番忙しい。布団の上で寝ていない。

世の中は花火大会とかで浮かれているが、そうもいかんとネジを締める。そんな2、3日だが、いろいろと頭の中はフル回転。やはり、これはやるべきだ!と改めて思う。

思い返せば、戸ノ岡物語、クリエイターズカフェだろう。原点と言えば、高校時代のmsb-TVになるのかな。まだ自分でもわからないが、そういうことを考えている。

でも、今自分に求められているのはクリエイターとしての鋭さ。

途中経過を見守りつつ、おぉ、いろいろ自分にも力が付いてきたなと思う。ただいま、人生の中で1番大きな仕事と向き合っている。まぁ、規模や意義などを考えると、他の仕事も重要なのだが、特にも話題性という中では一番大きい。

昨日の飲みで話したことを整理しつつ、長期的なスパンの中で自分が何をできるかを再考。

中国人は、昔もっと誇り高い人たちだったのではないか、そう思いながらサッカーの試合前の国家斉唱時のブーイングを見ながら思った。ただ、自分はこういう中国の騒動を見ているといつも思うのが、当局であったり、実力者が裏で糸を引っ張ったり、煽ったりしているのではないかと思ってしまう。あのサッカー場、そして周辺にいてあまり紳士的とは言えない行動に出ていた人たちが中国人のすべてではない。もっと、奥深いものがあるはず。そう信じたい。それと、同時に、今は戦後も終わっていないし、どこかの国では戦時中であるということを改めて考えさせられる。思うと、韓国国民って、そういう意味では素晴らしい人たちだと思う。韓国との試合で、こういう騒動は今までになかったように思う。

盛岡三高つながりなどで呑む。とても、おもろい飲み会に。
あのころ、放送室に出入りしていた人間が、今、コンテンツ関係に携わったり、または携わろうとしていると考えると、今がそういう時代なのか、あのときの放送室がそういうパワーを持っていたの買って、改めて考えてしまう。

最近、テレビニュース、新聞から遠ざかっているからだろうか、今、イラクってどうなっているの?とふと思った。どうなっているんだ?

新しい在り方の体現。

生まれて初めてWindowsマシンを買う。これまでは、お下がりや落ちているのを使っていたのだが、VJ仕様にするために、自作マシンをすることに。意外に、初めての自作だったが、あっさり動いた。言い世の中になったんだろうと、思う。

三茶のIDEEのカフェに行く。めちゃくちゃきれいというわけではなくて、ちょっとモダンな、昔感が漂っていて良かった。ファクトリーな感じといったらいいのだろうか。

某プロジェクトのため、いろいろネタを考えているんだけども、おもちゃを考えている感じで楽しい。