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今日は、エイプリルフール。でも、Kaliumは何もございません。

我が研究室の村山先生が、教授に昇進。晴れて村山研に。これは、4/1とは関係ないよなぁ。

週末のことを書かないと。サカタくんが率いる劇団「烏合の衆 KOZ」が南昌荘で芝居を行った。彼らは、神奈川の桜美林大学の学生なわけで、今回はサカタくんの家を宿にして、遠征公演になったわけ。そのガッツと勇気に敬服。いくら演出の地元とは言え、知らない土地で芝居をするって、不安だと思う。自分がどこかで上映会するというのは、想像つかないもんね。

公演二日目の午前中に、ワークショップが催された。ゲームやエチュードをしながら、演技って何だろう、芝居って何だろうって考えさせてくれるワークショップだった。参加者の多くが高校生で、それも、女の子ばかりで、男は僕とブチとミッチェルさんだけ。ミッチェルさんは、学生じゃないけど特別参加。役者のためのワークショップだったのだけど、演出って何だろうって、考えさせられるものだった。ワークショップの進行とかを見ながら、坂田という男は演出だなって思った。

僕はいろいろ忙しく、最終日の公演を観た。
南昌荘の板の間が会場になっていたのだけど、何だろう、行った瞬間に、ん?と思ったの。きれいって。その日は、雨が降っていて、雨だれとその先に見える庭の緑、そして凛とステージに立つ役者たち。あぁ、きれいだなぁって。
そして、芝居自体も、びっくりするほど、僕が現在企画している戸ノ岡プロジェクトに近い素敵なストーリーだった。幼なじみが経営するカフェと中古レコードショップに集まる若者たち。様々なバックボーンを持ち、そして今と闘っている彼ら。静かなる熱さ。何だろうね、それはもう、言葉に言い表せない空間。小さい頃さ、週末のテレビでやっている映画を見た後、興奮して寝れなくなってさ、夜空を見上げて、テレビで見たストーリーの続きを思い浮かべるの。すると、もっと寝られなくなって。そんなのがあった。

芝居が終わった後、すぐにサカタくんの所に行って握手を求めた。たぶん、今自分ができる一番の表現だと思った。その日は、ずーと笑みがこぼれっぱなし。良いなって。

打ち上げに顔を出せてもらったんだけど、KOZのみんなは良い奴ら。バラシを一緒にしている最中も思ったんだけど、願わくば仲間入りしたいなって。それぐらい素敵な連中。なんだろう、転校した気分だろうか。昨日、打ち上げの後、サカタくんちにお邪魔して、みんなと別れて、今、僕はここにいるのだけど、なんとなく寂しい。不思議だな。

坂田雄平、というタメの男が、中央でいろんなことを勉強して、こんないい仕事をしている。刺激されるね。芝居を観ながら、良いなぁと思いながらも、この芝居を越えるような映画を夏に作りたいなって、思った。自分は、なんやかんや言っても、もの作りの人だと思う。単純にそう思えた。

でも、最後に一つ言いたいことがある。今回のKOZの公演、実は興行的には辛いものだった。最終日は20人お客さんが入っていたのだけど、初日、二日目は10人前後という寂しいものだったらしい。確かに、ローカルの制作が一人とか、宣伝期間が短かったとか、情宣的にきついものがあった。だけどさ、少なくとも盛岡で演劇をしている人は、みんな今回の公演を耳にしていたはず。なのに、ほとんど来ていない。いや、特に学生連中が来ていない。なんでさ?なんでよ。少なくとも、芝居の制作過程のバックストーリーだけでも、観に行かなくちゃと思わせる芝居だと思うのだけど。KOZのみんなよりも、制作のヤギーよりも、悔しさを表に出している僕がいた。

最近、映像をやっている連中の方が、元気良いよね、という話が聞こえてくる。表現方法によって、表に出やすい難いというのは、あるのだけど、でも、なんだか寂しいというか悲しいことが最近多い。

でも、ぼやいてもしょうがないような気がする。サカタくんがこんなことを言っていた。「盛岡の街を制覇するぐらいのことをやって、盛岡を出たら」そうだなって、思った。今夏、俺は台風の目になる。それぐらいの勢いで映画をつくろう。そう思った。自分たちがアクションをとって、その姿でみんなにわかって欲しい。

きっと、こんなことを書いていると敵を作るんだろうなって思うけど。敵をつくってなんぼよ。自分が自分であると言うこと、自分という色を打ち出せてなんぼでしょ。ブチに、アナーキーだなって言われた。世の中、こんなヤツがいても良いと思う。そう思う。

そろそろ大学も始まる。
一年の内で、ふしぎにワクワクしちゃう、4月が始まる。

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