例えば、世界のすべての今を記録できるとしたら、コード化できるとしたら、どういう状態になるのだろう。その場合、どの点においても、nullは存在しないだろうから、無駄ということがなくなる。改めて、世界には無駄なことが一つも無いと証明できるのだろうか。

久しぶりの体験をする。これを繰り返すしかない。

みうらじゅんといとうせいこうのラジオを聞いていたら、二人ともデビュー作は、1年余りそれぞれお蔵になっていたそうだ。お互いに紆余曲折がありデビューすることになったそうだが、あまりにも最先「端」過ぎて、最初はわかってもらえないものだと、二人はぼやく。

MJ曰く、端だと一人しかいないから、つまり自分しかいないから、わかってもらえないと。最先「場」ぐらいになると、理解者が出てきて、陽の目を見ることになる。いわゆる、アーリーアダプター層の獲得目前の段階だろうか。彼らは、編集者の目利き次第で本当に変わると言っていた。

自分が面白いと思ったことを本当に理解してもらうには、時間を要する。その時が来るまで腐らずに、それを面白いと思い、付き合い続けることなのだろう。個人的には、10年経ちまして…、結構あるなぁと思っている。だいたい、みんながすんなりとわかるものは、もう既にあるもので、新規性という意味では、大したことがないものなのかもしれない。

次は、それを考えながら、末長く付き合ってみよう。

お仕事、落ち着いたんですね、と会った人に言われる。大してその方には、普段の仕事のお話などはしたことがないので、はて?と思うが、先月末までの緊張感というか、張っているものが無くなって、落ち着いてらっしゃると。

確かに、自分でも、人への挨拶の仕方とか、話し方がこれまでとは変わって、ちょっと柔らかくなったなと思うことが多い。やはり、何か硬いものがほぐれ落ちたのだろうか。そういったものは、妙なところに現れて、意外とわかりやすいものなのかもしれない。

きっと、自分が悪いのだろうと思い込んでいたことが、そうではないとわかり始めると、なんと気が楽なことか。一方で、そう思いつめていたのはなんだったかなぁと、認めたくはないが、認めて自らを肯定してあげて、奮起しなければと思うことも多い。

凝りに凝った頭をじわじわとほぐしていかなければ。

危なくDBのデータを喪失するところで、焦りと喪失感に体がう出されたのだが、何とか、復旧できることになり一安心。しかしながら、データの価値を再実感。一方で、まぁ、しょうがないかと、自分を必死に諦めせようとしていた自分もいるわけで、本当に、データは必要だったのかと、騒動の後に、考える。

bitとatom。atom(物)化された後の存在感が圧倒的だとしたら、bitの存在感は何だろうか。意識の中における感覚ですらしかないのか。

大先輩の先駆を行く方とお話する。先駆の文字のごとく、本当に、先を走る、駆けている方なので、お話を楽しみにしていたのだが、本当に刺激的なお話を伺えた。

自分を奮い起させてくれた言葉は、「世間をざわつかせたい」というプリミティブな想いだった。あぁ、その感じ、本当に忘れていたなと思った。「自分が」世間をざわつかせる…。そうだった、そうだったと、顧みる。

そして、アメリカに渡り、起業を決心する時のエピソードも。どこに行っても「お前は何者だ?」と尋ねられ、どこの誰かが問題ではなく、自分自身が何ができるかが求められると。実に自分が、悩み、向き合っているところである。クリエイター、経営者の価値は、そこにあるのだと、痛感する。

お話を伺って、何とも気持ちいい。他にも、色々となるほど…と感心させられるお話が多かったのだが、この2点が、自分の中に、タイムリーに対峙している事柄だった。

まぁ、大体、自分のやりたいこと、好きなことは変わっていないな。

花筏を見に行こうと、例年通り、仙台堀川へ。ところが、すでに花びらたちは、大川へ流れていったようで、今年は花筏は堪能できなかった。結局、伊勢屋さんの団子に舌鼓を打ちつつ、清澄、高橋、森下を散策して、帰宅。この一年で、この界隈も街並みが少々変わったようだ。

自分のクリエイティブの理想と現実を行き来しつつ、自分には何ができるのだろうと、自問自答と周りの皆様からの叱咤激励を頂戴する日々である。とはいえ、面白いことに、肯定せざるを得ないぐらいの皆様からの共通のご意見を伺いながら、自分の不甲斐なさを痛感しつつも、ギリギリのタイミングでの英断は本当に良かったのだなと改めて思う。

大河は、海に注ぎ込むまでに、右往に左往に曲がりくねるが、引いて見れば、その進路は、海へ確実に向かっている。

諸事情で、開発環境を新しいMBPに移し始めた。これまた、諸事情で、データ移行もTimeMachineから一気にではなくて、手作業で必要なところだけ移している。さすがに、5年近く使っていた旧マシンなので、あれもこれもできるように蓄積された開発環境を移すのは容易ではない。まずは、新マシンで開発しながら、足りないものを順次インストールしたり、移していく形になりそうだ。

ここ数年妄想していたことが、悪くは無い、というよりか、今!これから!だということを気付かせてくれるワークショップに参加した。このところのインプットと合わせて、何か、一筋の光が、道が見えた様な気がする。

妄想をビジネスにするのが、クリエイターらしい。

先日、イベントで孫泰蔵さんのお話を聞く機会があった。その中で一番印象に残っているお話しは、その日のメインアジェンダでは無く、実は、孫兄弟の父親の教育法だった。

何でも、孫兄弟の父親は、とにかく息子たちをベタ褒めしたらしい。お前、天才だなぁ!と、とにかく小さいことでも、ベタ褒めしてくれたらしい。それが、彼らにとっては、自信になり成功体験になっているのだとか。自分が子の親になってから、あそこまで、子どもを褒められないと思い、父親に聞いて見たところ、やっとわかったか、褒めるのも大変なんだと苦笑いしていたとか。

わたくしも、2児の父であるが、残念ながら、人というのは意識していないと、ただただ子どもを叱るだけになってしまい、子どもも自分も、負の感情だけが残ってしまう。良いのか、悪いのか、長女は、怒られても、いつもけろっとしているので(内心は、そうで無いかもしれないが)、気が付くと、今の叱り方は、果たして適していたのだろうかと、私一人後悔し、ふさぎ込んでいることがある様な気がしてならない。 

時には、語気を強くし厳しく言わなければならないこともあるわけだが、ただただ叱るだけだと、自分も、子どもも辛くなる。私は、そう思う。

一方で、人というのは、やはり「褒めたり」すると、自分も嬉しくなり、ハッピーになれる。しかしながら、人の性なのか、あら探しは得意なのに、他人を「褒める」というのは難しい。でも、褒めることで、そこに幸せな空気が生まれ、自分自身の行動・言動も、肯定できる。

そう考えると、自己保身では無いが、子どもを如何に褒めるか、それによって、親も子どもも、とても楽になれ、幸せになれるのだろうと思う。とにかく、子どもの褒められそうなところを探し、褒めちぎる。子育てのゴールって、もしかしたら、褒めちぎることなのか。褒めるには、褒めるところを増やさなければならないわけで、そこにはしつけだのトレーニングだのがありつつの険しい道のりなのだろう。幸せなゴールがあることを知りつつ、その険しい道のりを歩むと言うことなのだろうか。時には褒め、時には、褒めちぎることを目指して叱るのだろう。

天才だなぁ!すんごいなぁ!と一日一回言うという目標は良いかもしれない。

特殊案件ということで、こんな時期なのに自分のポートフォリオをまとめている。

ポートフォリオって、自分の価値をいかに人に伝えるかという側面が大きいから、ある意味、自分のヴィジュアライズとも言える。そう考えると、私の職能をアピールするのにぴったりでは無いかと思いつつ、今のサイトのポートフォリオの酷さに、慚愧に堪えない。本当に、今のポートフォリオは、「やる気」無しのように見えてしまう。

年代別に自分の作品を並べたところ、これまた残念なことに、自分が盛り上がっていたのは、2008年だったなと反省する。あれから8年、自分は何をできているのだろうかと、改めた深く考えさせられる。

新ポートフォリオは、近日中に。

Next Page →