2006年06月21日

onedotzero_10のレポート

PingMag - ワンドットゼロ_10:ワールドツアー始動!

ロンドンで開催されたonedotzero_10のレポートが掲載されている。

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2005年01月23日

MOVIN'3開催中

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第4回盛岡自主制作映画祭、ただいま、開催中です。現在、Aプログラムの上映が終了し、これからBプログラム!

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2004年10月03日

onedotzero nippon2004 を観てきました

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onedotzero nippon2004を観てきました。スケジュールの関係で、extend 04というプログラムだけでしたが、刺激的でした。オープニングパーティとは大違いでした。

僕らは、もっと映像で遊ばなければならない、そう痛感しましたね。

さぁ、編集。

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2004年10月02日

onedotzero nippon2004 前夜祭

onedotzeroの前夜祭に誘われて行ってきた。会場は、六本木ヒルズの展望室。52F。東京タワーがちっこく見えるところです。


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協賛しているコンペティションの作品発表とかも最初の方にあったらしいのだが、遅れていって見られなかった。ただ、友人によると、ワークショップ形式で紹介とかなっていたけど、あっさりさくっと終わってしまったとのこと。

イベント自体は、VJの映像をDJブースを挟む形で大きく映像を流していて、ヴィジュアル面を強調している感じではあった。ただ、映像に興味があって来ている客がごそっといるだけあって、みんなスクリーンに目がいって、フロアにいても突っ立っている感じ。なので、ノリ的にはかなりいまいちな感じだった。

VJも、うまいっちゃうまいのかもしれないが、革新的でもないし、音を意識した展開でもないし、という、onedotzeroが掲げる映像冒険ではありませんでした。ああいう場なのだから、もっと奇をてらったぐらいの映像演出を試みても良いのではないかと個人的には思った。

会場には、いろいろVJの人たちやソフト、機材の開発者が顔をそろえていた。主要なソフト開発者はあの場にいた感じでした。自分は、会場で風立の三浦さんと合流。久々にオンラインで顔を合わせた。その他、VJのみなさんもお元気なようで、何より。

onedotzero自体には、仕事の合間を縫って、ちょろちょろと見てくる予定。楽しみだ。

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2004年08月31日

東北五県合同上映会レポート

東北五県合同上映会のレポートを掲載したフリーペーパに寄稿した文章をここにも掲載します。結構長文です。なにしろ、どの執筆者よりも長かったという。当日の座談会で話された内容をフォローしつつ、自分のインディーズ映画に対して思うところを綴ってみました。

いかにインディーズ映画制作者としての活動を広げていくか

今回の東北5県合同上映会(以降、T5)における座談会を振り返ってみると以下の4点にまとめられるのではないかと思う。

行く前までの予想では、映画製作の撮影や編集の話にもなるのかなと思っていたのだが、意外にも参加者の関心は、いかに完成した映画を観客に魅せていくかと言うことにあったようだ。

ここ最近、ショートフィルムへの関心、DV, DTVの普及により、地方におけるインディーズ映画製作の制作環境が改善されつつあり、撮ることの次のステップである「みせる」というステップに新たな展開を求めているのかもしれない。

宣伝戦略

自分は今回第1部の後半から出席することになり、第1部で多く語られた宣伝だとか告知に関する話し合いに参加することができなかった。他の参加者からの感想、自分が参加してからの話を聞いてのことをもとに書きたいと思う。

基本的に、インディーズ映画は宣伝・告知の分野において苦戦している状況にあるようだ。折角、映画を作って上映会を開いても、集まるお客さんは作品関係者、身内などがほとんどで、一般のお客さんに観てもらうというところまで至っていないケースが多いようである。そういう状況下の中で、自分が住む岩手県盛岡市で開催されている盛岡自主制作映画祭 MOVIN'3や自分がプロデューサとして製作した「戸ノ岡物語」の宣伝活動、集客などをいろいろ評価していただいたことは嬉しい。しかし、その一方で「誤解」もあるのではないかと思う。その誤解のところに、実は状況を改善する答えがあるような気がする。

チラシ

インターネットのWEBサイトが重要な宣伝ツールになったとはいえ、作品や上映イベントを知るきっかけの入り口として紙媒体のチラシは、今でも非常に大きい存在である。座談会でも、チラシの質というのは非常に上映会の動員につながる要素だという話しになった。また、チラシのデザインを変えることで、これまで置いてもらえなかったようなセレクトショップ系の店舗にも置いてもらえるようになったという、宣伝の幅が広がった事例も報告された。

しかし、インディーズ映画界においてチラシをデザインする人材が慢性的に不足しているという問題がある。自分が思うに、すべてをまわりのインディーズ映画関係者で完結する必要はないと思う。どのジャンルにも、インディーズはいる。グラフィックデザイナを目指す学生やインディーズでフリーペーパを発行している人たちもいる。そういう人たちに声をかけて、一緒にチラシを制作していくというのも良いと思う。実際、盛岡自主制作映画祭でチラシなどのグラフィックを担当しているのは、必ずしもインディーズ映画関係者とは限らない。大学でグラフィックデザインなどの美術を専攻している学生、そういった分野に興味があったり長けているスタッフがチームを組んで制作に当たっている。

宣伝展開

チラシを作っても、それをいろんなお店や施設に設置しもらわなければ、いろんなお客さんの手には渡らない。そのお店や施設を一店一店回るのは骨が折れる作業だ。座談会で、学生が主体に運営している盛岡自主制作映画祭の事例を述べさせてもらって、週末などに参加できるスタッフが目抜き通りに集合し、分担して一気にチラシを撒くというような話しをさせて頂いた(らしい)。すると、それはやっぱり学生だからできることで、社会人になるとそんな時間はないという意見もあったようだ。自分は、ここで敢えて言いたい。それは、甘えであると。

自分たちが、インディーズ映画を撮り始めて、合同上映会的な形で映画祭をスタートさせたときも、また単独で上映会を企画したときにも手本とさせてもらったのが、盛岡のアマチュア・インディーズ演劇界である。盛岡には、約20劇団ほど存在しており、実は演劇の街でもある。彼らのほとんどは、昼間は会社員として働いており、夜に稽古をし、時間をやりくりして公演を行っている。彼らももちろんのこと、チラシ配布は行っているし、ピンポイント攻撃であるチラシの折り込みなどを積極的にこなしている。そういう姿を見ていると、できないことは無いと思うのだ。

マスコミを通しての情宣

マスコミを使うということも一つの宣伝である。予算がないインディーズ映画においてCMをうつなど夢のまた夢であるが、いろいろな工夫でメディアに露出はできる。例えば、テレビでもラジオでも情報番組の中にはイベント紹介コーナなどがある。局に連絡を取れば、結構な確率で紹介してもらえる。これは、紙媒体でも同じである。一行でもイベントがありますよとインフォが載っていれば、それだけでも違うはず。

自分は、第1回盛岡自主制作映画祭で宣伝・広報を担当した。知り合いのフリーライターの方に教えて頂いてプレス(ニュース)リリースを作成し、盛岡に本社・支局を持つメディア関係のすべてにFAXまたは送付した。おかげさまで、ほとんどのメディアに取り上げて頂くことができた。A4数枚の資料が一気に映画祭をブレークさせる立役者になったのだ。こういった取り組みは、現在でも映画祭では行っているし、自分が行うイベントでは常時行っている。意外と、ネタが少ない地方。記者の人たちは、日々ネタ探しをしている。そういう人たちの目にとまれば、ローカルニュースで特集を組んでもらえることも目ではない。特例ではあるが、テレビ局のWEBサイトの動画配信企画と連携させて頂いて、TVCMを流させてもらったこともあった。

座談会の話を聞いていて一つ驚いたことは、組織に宣伝・広報担当がいないことが多いらしい。人が少なくても、その担当は置いた方がが絶対良いと思う。観客の人に対しての重要なインターフェースの一つである。作品のおもしろさを良い形で伝えられるスタッフは、映画作品の成功に置いて重要なキーパーソンだと思う。

配給

撮影などの映画制作と上映会などの配給を分業化できないかという議論も出た。実際に、映画を撮っている人ならば、実はそういうことをいつも考えていると思う。何しろ、編集を終えるまでに疲れ果ててしまって、それを人に見せるためのエネルギーを結構疲弊させてしまっていることが多い。自分も、いつも周りのスタッフに助けられている。配給の分業に関しては、後半で触れる映画祭・上映会の在り方についてにも関わってくる問題だと思う。

自分が思うに、商業映画と比べたときのインディーズ映画の特権は、上映の最後の最後まで監督が携われると言うところにあると思う。やろうと思えば、最後の客出しまで監督が立ち会える。つまり、観客一人一人と最後まで接することができるのだ。否定的に言えば、そこまで監督がやらなくちゃ行けないのか?というのもあるかもしれないが、自分はその「直販」的なところも魅力的だ捉えている。 どのような場所で、雰囲気で作品を見せるかというのも、大切な「演出」ではないだろうか?自分が上映会をするときには、空間デザインを得意とするスタッフにお願いして、会場作りにも気を配っている。お客さんに届ける最後の最後まで演出できるのが、理想だと思っている。

あくまでも、自分は「分業」には、否定的ではない。分業という点で言うと、上でも書いたように、自分の場合、上映会担当を設けて会場の手配や当日の運営を仕切ってもらっている。設備関係などは、ホールの方、機材に詳しいスタッフなどが担当するが、飾り付け・什器などの配置は担当スタッフが見取り図とにらめっこしながら、いろいろ素敵なデザインをしてくれている。確かに、これは「上映会場」担当かもしれないが、どの土地で上映していこうか、またはどのメディアに売り込んでいこうかなどを考えていく配給、大きく捉えればプロデュースワークというのを監督以外のスタッフが担当していくというのは重要である。自分も、このことに関しては昔から取り組んでいる問題だ。良い映画を撮ると同じくらい、良い映画を売り込むというのも大事なことだ。ここまで書いてきた内容を考えても、その点が今の東北のインディーズ映画には足りないのかもしれない。と言っても、商業映画においてもプロデューサ待望論が叫ばれて久しい。実は、日本のコンテンツ制作における全体的な問題かもしれない。

評論・批評(インディーズ映画コミュニティの構築)

座談会の中で、インディーズ映画について評論・批評する場がないという話しが一般参加者の方から出て、いろいろ話しが発展したのだが、その議論に参加しながら、全体的に焦点が絞り切れていないなと感じた。というのも、観客側が批評・評論するのと、映画祭・上映会主催者側が批評・評論する行為は、似ているようで違う。そこを分けて議論しなければいけないと思うのだが、用語の定義、テーマの切り分けが成されないまま議論が進んでしまいもったいないなと感じた。ここでは、観客側のを「評論・批評」と捉え、映画祭側のを「キュレーション」と捉えて話を進めたいと思う。

なぜ、インディーズ映画には「おすぎ」みたいな評論家がいないのか?という問題定義で始まったこの議論。たしかに、インディーズ映画評論家という方にお会いしたことがない。インディーズ映画の流通がまだまだ多くなく、評論できるほどの本数を観ている人が少ないという状況があるのではないだろうかという推測もあった。要は、インディーズ映画を楽しむという人たちのコミュニティがまだまだ成熟していないというのがあるのではないだろうか?

インターネット上には、商業映画についての感想がつづられた数多くの個人サイトがある。そういった個人サイトが増えていくことが、実はインディーズ映画の評論を生み出していくのに必要なのではないかと思う。つまり、インディーズ映画についての感想・意見を話せる雰囲気を作り出していくというのも、これまた大事なのだと思う。

映画作品が制作者側から投げられたボールなのだとすれば、感想や評論は観客が投げられたボールなのである。ありがちな例えではあるが、そのキャッチボールができる環境をつくるというのも大切なのだ。インディーズ映画は「観る」という行為で終わってしまっている場合が多いと思う。

上映会、映画祭の在り方

世に出てくる作品数が増えてくると、すべての作品を観るわけにはいかないので、どの作品が自分好みなのかを知る手がかりが欲しくなる。すると、評論家による道先案内というの重要になってくる。

商業映画とは違って、その流通経路が少ないインディーズ映画は、どの映画がおもしろいのかというのを予め知って、それを狙って作品を観るというのはかなり難しい。よって、おもしろそうな映画が集められている上映会や選りすぐりの作品が上映される映画祭の存在は、インディーズ映画を観ようとしている人たちにとって大きい存在である。

ここで求められてくるのは、どういう視点で作品を選ぶかと言うことである?様々な作品が集められる上映会においては、どういうジャンルでとか、どういう雰囲気の映画を集めるかが直接観客の求めるところにつながってくる。主催者側はそういうことを意識しながら、その上映会らしい作品選定をしていかなければならないのかもしれない。座談会では、こういった行為をラベリングするという捉え方もされていた。一つの方向性の中で作品を選んでいく。服で言うとセレクトショップのように各ブランド(映像作家)の服(作品)をチョイスしていくような感じである。

インディーズ映画を扱う映画祭やコンペティションはとても増えた。今回のイベントでもそうだが、東北でもそういったイベントが無いのは1県だけという状況である。岩手、青森、山形などでは、原則的に各県の出身者の作品を公募して上映している。よって、それぞれの地域性が少なからずとも出ているが、そのラインナップが果たして映画祭の個性と捉えたときに、はっきりとした個性が出ているかという疑問はあるのではないだろうか。また、日本各地、世界各地から作品が寄せられるコンペになってくると、特にもどういった作品を選ぶかと言うところで、その映画祭の個性に違いが出てくる。つまり、応募されてきた作品の中から、人に見せられるレベルの作品を選ぶとか、おもしろい作品を選ぶとか、そういう次元の審査から、我々の映画祭では、どういった審査基準で作品を選んでいくということを一本立てることが重要ではないかと思う。それは、作品性、作家の将来性、現在の映像表現の潮流における相対的な評価など踏まえての審査が求められる。

ただ選ぶから、推奨する。その域へ映画祭を持って行くことが必要である。座談会では、審査員の質や審査方針が確立されていないという声も出ていた。昨年から、各地の映画祭のコンペで審査基準、審査員のコメントを公開していくという審査の透明性、また審査に対する責任所在を明らかにしようと言う動きが出てきている。これは、観客からの評論によるメッセージと同じくらい、そういった審査員からの評価というメッセージが、つくり手、そしてインディーズ映画コミュニティに対してプラスになるからである。

こういったことは、現代美術において、キュレーションという形で重要な仕事として認められている。いかに新しい才能を発掘し、そして世に出していくか、また育てていくか。各地のビエンナーレでは、キュレーションを行うキュレータ達は大きな力を持ってる。インディーズ映画にも、こういう動きが重要なのだと思う。座談会ではプライズ(賞)を上げないで、上映ということ、またその作品に対するコミュニケーションができる場を提供することに力を注ぎたいという意見もあったが、プライズはプライズであると自分は思う。しかし、どのような形でプライズを上げるか、そしてプライズを上げた後に、そのつくり手たちにどんな風に接していくかで、これからの映画祭のあり方が問われるような気がする。それは、インディーズ映画コミュニティを育てるという意味で重要なことだと思う。

座談会について

今回、東北5県のインディーズ映画に携わる人たちを中心に、お話しをさせていただいた。非常に、今回の場は有益なものだった。仙台で動いてくれたスタッフの皆さんに、改めて感謝したいと思う。

次回以降のこういったイベントに対しての要望を少し書かせていただければ、パネルディスカッション形式になどにして、議論の流れを整理しながら問題点を探り、解決の糸口を見いだせるような議運をできればなと思う。その後に、他の参加者を交えての議論などを展開するのも良いと思う。

最後に

自分も含め、インディーズ映画に関わる人たちが、より多くの観客の皆さんに自分たちの作品を見せたいと思って考えているかを今回の座談会でとても感じた。それぞれの地域で、試行錯誤が行われていて、その事例を伺うことができて興味深かった。

エンターテイメント、アートにおいて、つくり手と受け手のコミュニケーションは必要不可欠だと思う。しかし、コミュニケーションというのは、本当に難しい。特にも、少数対大多数の形式のコミュニケーションというのは、これでもかと言うぐらい気を遣わないと、良い形で成り立たない。

観客からのボールをちゃんと受け取っているか。実は、今そんなことを考えている。ちゃんと返球が来るためには、良いボールを最初にこちらから投げなければならない。そして、そのキャッチボールをする場は、ちゃんと整備されていて、ワンバウンドのボールも捕球できるようになっているのか。それを今後も問うて、考えていきたいと思う。

投稿者 araken : 03:53 | トラックバック

2003年12月11日

一区切り

12070001.jpgLittel Morioka Storyの上映会が盛況に終了した。自主制作映画祭立ち上げ、映画「戸ノ岡物語」、そしてLittle Moriokaの公開と一連の怒濤のような盛岡映像系の動きにも一区切りが着いた感がある。

来年の盛岡自主制作映画祭(2004/1/25)から、また新しい流れが始まるのかなと思う。

投稿者 araken : 00:52 | トラックバック

ストーリーを見せる

2003 43rd ACC CM FESTIVAL 入賞作品発表会に行ってきた。盛岡・岩手では県民会館の中ホールで行われた。

見てきての感想だが、15秒は短すぎるなと感じた。30秒を越えると世界観が生まれるなと思った。15秒を逆手に取った作品もあったのだが、30秒の作品が見せる世界には及ばないものが多かったと思う。

今さらのことだが、やはりストーリーをじっくり見せるタイプのCMは見ていて良いなぁと思う。ただ、CMの場合、作品としての価値は商品のイメージを上げるところにあるから、果たしてそのCMが商品のイメージを上げることに貢献しているかはまた別問題かもしれない。15秒でも斬新なアイディアで目を引く場合は、軍配が上がるかもしれない。

でも、そうだよなぁとじーんと来るようなCMを見ていると、その商品を使いたくなる気分になる。思ったのが、その商品を使ってみなさんの生活はこんな風にハッピーになりますよ、豊かになりますよというメッセージが直接または潜在的に刷り込まれたCMは強いなと思った。提案は大事です。

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2002年07月05日

JCF学生映画祭・沖縄あと一歩珍道中

JCF学生映画祭・沖縄あと一歩珍道中

2002.07.05

 僕が監督した映画「ルームメイト」が、第4回JCF学生映画祭で第一次審査を通過し、会場となる那覇・沖縄で上映されることに。ということで、行かなければということで、沖縄へ向かう!

2002.06.02
 お金のない学生は、体力で勝負!ということで、夜行バス「らくちん号」で東京へ向かう。今まで何回か乗ったことがあるが、決してらくちんではない。あんまり、眠れないし。伊豆で開かれる学会に向かうヤッシーと一緒になる。

2002.06.03


モノレールにて

 浅い睡眠でうつらうつらとしながらも、東京へ着く。東京駅から、浜松町まで向かい、そこからモノレールで羽田へ向かう。

 モノレールに乗って、少々浮かれる。というのも、モノレールは夢の乗り物だからである。確か、1年前にも乗ったことがあるのだけど、夢の乗り物には変わりはない。小さい頃に読んでいた絵本とかには、モノレールは画期的な未来の乗り物として紹介されていた。たぶん、中学に入った頃に実用化されたはずだ。モノレールは構造上、高いところでも走らせるところが出来るので、未来的な形をしたビルとビルの間を走っているモノレールの絵がよく乗っていた。そんな乗り物に、普通に乗っているこの感覚。不思議である。ちなみに、このモノレールの路線の駅名がおもしろい。羽田行きだからだろうが「整備場」とかいう駅名が。つなぎのおじさんが、工具箱を持って、乗ってきそうである。プロペラを片手に。


台風のため「天候を調査」とな

 空港に着き受け付けカウンタに行く。今回は、映画祭が用意したツアーに申し込んだので、団体受付のカウンタへ。決して、招待ではないぞ。自費なり。カウンタに行くと、いかにも待っていましたと言わんばかりに「沖縄行きですね」と言われる。何で?と思ったら、次の一言で納得。「台風のため、沖縄の天候が悪く、現在天候を調査していますので、もう一度お越しください。」えっ?台風だと。台風!!

 小生、興奮してまいりました。だって、本場の台風に会えるんですよ。盛岡にやってくる台風は、既に長旅に疲れ果てて、早く我が母なる海に戻りたいと悲痛に叫びつつ、己の性ならばしょうがないと、強風を吹き込みながら土の上を痛みに耐えながらも去っていく孤高の男なのです。(ちなみに、アメリカでは女らしい)そんな台風氏に会えるなんて。でも、飛行機が出なかったらどうするという意見もあり。でも、一人、ケイタイからダウンロードしたひまわり画像で喜ぶ自分。

 しかし、その台風でひどい目に遭うとは、その時はまだ知る余地もなく…。


搭乗待ちの飛行機

 30分後、カウンターに行くと、予定通り手続きが始まる。すると、受付の人が変なことを言う。「もし、現地の天候が悪く着陸できなかった場合は、羽田に戻ってくる可能性があります。予めご了承ください」。はいはい、クレーム対策のセリフね、そんなことがあるわけないでしょと、意気揚々と飛行機に乗り込む。


窓から広がる雲海

 窓から広がる雲海に見とれながら、飛行機の旅を楽しむ。

 機内のスクリーンに、前日の海外の飛行機事故のニュースが流れる。いやー、嫌だねー、んなことはないと思っていても、精神的にはちょっと嫌です。天気予報で台風のニュースが流れる。強い台風らしい。あぁ、やっと強い台風に会えると、沖縄で吹き荒れる風を想像する。台風だぁ~。

 が、どうも雲行きが怪しい。いや、その雲だけではなく、窓から見える雲行きも怪しい。沖縄に近くになるにつれて、雲が荒くなっていく。山脈のように広がる雲へ飛行機は突入していく。

 海を越え、沖縄に近づく。飛行機は段々高度が下がってきて、海も見えてくる。あぁ、珊瑚礁、そして青い海。沖縄が近い!でも、なんだか飛行機がガタガタ揺れる。確かに、揺れる。

 那覇空港が見えてくる。揺れるなぁ~、こんな揺れる飛行機は初めてだなぁと思った瞬間、フッと飛行機が落ちる感覚が、おぉ~、何?今のは無重力感覚?そして、次は急上昇。おぉ~、まるでジェットコースターみたい(未だに乗ったことがない)。機内は、乗客の悲鳴、歓声?が飛び交う。そして、また下降していく、おっ、着陸か。しかし、強い揺れの後、また上昇、あれ?戻ってこない。滑走路が小さくなっていく。あれー、ゴーヤも、泡盛も遠のいていく。でも、なんか気持ちが悪い。

 機長のアナウンスによると、横風強いため、着陸を断念し、もう一度挑戦するらしい。次は頼むぞ!

 旋回し、飛行機は再び着陸態勢に。すでに、だいぶ気持ちが悪い僕としては、早く地に足をつけたい気分。ラピュタ(映画)の言う通りなり。周りを見ると、通称ゲロ袋を広げる乗客がちらほら。

 再び、那覇の街並みが見えてきて、滑走路が見えてくる。いざ、着陸へ。先ほどと同じように、下降上昇を繰り返す。すでに、脂汗の僕は、もう、着陸してくれの一言。が、ビュイーンと飛行機は、急上昇していく、それも、高度が高いし、スピードも速い。え?何?誰か説明して、なんか雲の上よ!


えっ!

雨の鹿児島空港

 またまた、機長のアナウンス。えっ?引き返すだってぇ!俺の沖縄が!あぁ、香港、上海移住計画、ピースな就職計画がぁ。一気に、崩れていく。呆然。

 恐らく周りの席の人たちも、同じく映画祭参加の人々だろう。みんな落胆の様子。そんなことはお構いなく、儚くも鹿児島経由で飛行機は、羽田へ。明日からどうすればいいのだろう、明日、飛行機が出るのだろうかと、考えてみる。まずは、羽田に着いてからだ。帰りに飛行機は、ぐったりで鹿児島から羽田に着陸するまで爆睡。

 14時過ぎに、飛行機は羽田に着く。足取りは重たい。今後の展開を案じながら、朝行った受付カウンタへと行く。すると、「ツアーはキャンセル」「代金は払い戻しになります。」あぁ、それは良いんだけど、もう終わりということ、沖縄は終わりなの?あぁ~。

 沖縄の上空まで行ったのに、あと一歩で、夢と、幻と終わった。

 ツアーの代金は、戻ってくると言っても、盛岡から東京までの料金は戻ってこないし。あぁ、最悪である。これから、天候で足止めを喰らっている人をニュースとかで見たら、暖かい目で見ましょう。本当に。

 さすがに、昨日の23:40から乗り物に乗り続けているので、疲れ果てて、東京で一泊することに。だって、15時間、何らかの乗り物に乗っていることになるのだから。ふらふら。

 

結論として、沖縄での作品鑑賞、ゴーヤチャンプルーも、ソーキそばも、ミミガーも、オリオンビールも、泡盛も無くなりました。あぁ~。

投稿者 araken : 00:55 | コメント (1)

2002年02月19日

グリコアワー

2月16日、土曜日、音楽、映像、絵、写真、工芸などのジャンルを越えたアーティストたちがあるイベントに集まった。その名も、「グリコアワー」。キャッチフレーズは、「一粒でいっぱいおいしい」。参加したアーティスト、観客のお口の中に、いろんな味がひろがったに違いない。観客動員約180名。この大いに盛り上がったイベントのレポートとこのイベントが示した盛岡のインディーズシーンの可能性を考えていきたい。

他ジャンルのアーティストが集まる

 このイベントは、Psykopippiというバンドのシズヨさん、サトコさんが中心になって企画した。二人は、「このライブは、バンドをいくつか集めてLIVEをするだけではなく、ひとつのジャンルにとらわれずに、様々なジャンルのartistやcreatorの人たちと一緒にイベントをやってみよう!」という思いで、このイベントを考えた。また、二人は、「ただ、そういう人たちに出会いたかったから」と笑顔で語る。

 昨年、初めて開催された盛岡自主制作映画祭 MOVIN'3やこれまでの音楽ライブなどでは、同じジャンルのアーティスト・クリエイタが集まって一緒にイベントを行うということは、よくあることだった。しかし、ジャンルを越えて、それも生でパフォーマンスするアーティストから、作品を持ち寄るアーティストが若干の表現方法の違いはあれども、同じ会場に集まるというのは、盛岡ではあまり無かった。このイベントは、準備段階から、本当に魅力的で、ワクワクさせるものだった。

 もちろん、いろんなジャンル集まるため、苦労はあった。まず、出演アーティストを募るのに、オーガナイザ陣は苦労したようだ。音楽系は、これまでのつながりで交渉できたようだけど、他のジャンルの、例えば絵とか写真とか、それこそ未知の世界に踏み出すわけだから、どこにあたればアーティストに出会えるのかわからなかったりと、大変だったようだ。

 今回のイベントでは、音楽、映像、ダンサーなどはホール内のステージでパフォーマンスを行い、絵、写真、工芸などのアーティストはホール前のロビーとタウンホールがある地下に降りていく階段の踊り場などで展示や販売を行った。

 ボーダレスという言葉が、叫ばれて久しい。しかし、他ジャンルのアーティストが出会って、一緒に活動するというのは、今までの盛岡では、目に見えるような目立ったものではなかった。その要因として、多ジャンルのアーティストが出会える場がなかったとことが大きいと思う。そこで、意気投合すれば、きっと、そこから何かが生まれる。これから、こういうイベントのような「場」というのは、重要なものになってくるのは、間違いない。

 映像に関して言うと、使えるプロジェクタが盛劇になく、オーガナイザの知人を通して借りた。できれば、調整室からプロジェクタを出せるような設備が欲しい。今後、映像が絡むイベントどんどん増えて行くから、ぜひ、整えて欲しい。

バンド、生のパフォーマンス

 僕は、今回、初めてバンドの人たちと同じステージに立った。僕は実際にステージには立っていないのだが、同じステージで表現を行った。

 でも、僕は、負けていた。そう感じた。ノって踊りながら、そしてジャンプしながら、僕は、なんだろうと、ずーと考え続けていた。

 アグレシッブな音を聞かせてくれた熊猫侍(パンダザムライ)とか、ノジィーな音で音の絨毯を作ってくれたSCRAP BURGER、刺激的な音を決めてくるDJ CHOKU&カツ、絶妙なMCと弾き語りを聴かせてくれたサトウ トシヒコ、人を包み込み、一点へ誘い込むような第六師団、音楽って楽しくて弾けるものだと感じさせるPyskopippi。

 いずれも、ステージから僕の魂にパンチを繰り出してくる。何だろう。そのパンチは。僕には、そのパンチが出来ているのだろうか。

 イベント前に、空気公団イノトモのカバーをしていると聞いていて、ずーと、音を聞きたいと思っていた第六師団。岩渕曰く、「エーテルが出ている」。その演奏を聴いて、僕は、泣いてしまった。ボーカル&ピアニカ(!)、ウッドベース、アコギという3ピースが奏でる音楽は、暖かくも繊細な光溢れる光に導かれるような音だった。

 この第六師団のライブには、丸山 安曇(映画「in the box...」)と高橋 輝(映画「THE FAILED MAN」)の二人が映像演出を担当した。照明を全部落として、プロジェクタから出る映像の光をメンバに当ていた。実写をスケッチ調に加工した映像とスナップ的な街の風景の映像が、雰囲気を出していたと思う。こういうやり方もあったのだと、感心。第六師団とは、ぜひ、何かを一緒にやってみたい。

 バンドのレベルは、本当に高かった。今までバンドのライブというと、学園祭のへなちょこバンドの演奏しか聴いて事が無くて、半分あきらめていたんだけど、今回はすごかった。今までの自分の考え方を正さなければ。

みんなの色

 映像組は、岩渕 崇(映画「ひとつ屋根」、演劇 トラブカフェシアタ「封身亜身」の映像担当)、前出の丸山安曇、今回デビューのue.こと上村浩孝、そしてアラカワケンスケの4人が映像作品を持ち寄った。

 昨年の盛岡自主制作映画祭 MOVIN'3では、上映作品の雰囲気が似ているという声があって、何でだろう?と思っていたのだが、今回は、四者四様だった。

 映像の出番が、激しい感じのSCRAP BURGERの後だったので、比較的激しい僕が一番手に。今回は、最最新作の「映像についての言葉(WORDS)」、完成が遅れていた最新作「RELATION」を僕は流した。やはり、「映像について…」が好評だった。お気付きの方もいらっしゃると思いますが、映像の中に出てくる文章は、-edなことに出てくる文章です。「今」の僕が作った「映像について…」は、自分でも好きだ。

 その後、ue.→丸山安曇→岩渕崇。ue.の作品は、「myself」と題し、自分を振り返っていくという作品。今作品が、彼のデビュー作品。考えてみると、彼のデビューという生涯に一度しかない時を一緒に過ごせたことは、素晴らしい。

 しかし、トラブルがあって、彼の作品の音が出なかった。急遽、CHOKUさんに生で音を付けてもらった、これが意外といける。

 安曇作品は、実験作品とも言える作品。同じアングルで何度か撮影し、それを合成するという作品。確かに、同じ空間に数人が存在しているのだが、それは違う時間に行われたこと、でも、確かに同じ空間にいる。おもしろい。このプロジェクトは、次にもっとおもしろいアプローチを示す予定。今後の展開が楽しみ。

 僕自身は、岩渕作品でノックアウト寸前に持っていかれた。初めて、敗北宣言。今回の作品は、映画「ひとつ屋根」の主演の加藤三竜さんとバンド「ゴージャス☆」でツインボーカルをしている綾乃さんが出演しているショートムーヴィー。音楽は、同じく「ひとつ屋根」で組んだ「ゴージャス☆」の大月政典さんが担当。「スケルトンタイプの車」という不思議な題材で、女の子の内面、いや拒絶したい僕らの内面を表現していた。音楽も良かったし、映像が良かった。やられた。僕は、そう思った。

 今回は、とにかくいろんな色の作品が集まった。相談したわけでもないのだけど、うまくばらけた感じ。来年の映画祭も、こんな風にいろんな作品が集まると、観客のみなさんも満足していただけると思う。


「俺の魂に触れたことはあるか?」

「その前に、君は僕の魂に触れたことはあるか。そして、君は裸でいるか?」

魂から来るもの

 このイベントで、僕はそんなことを考えた。なんか、自分はちまちましていたんじゃないかなって。「映像についての言葉」は、僕の想いが出せたと思うんだけど、なんだろう、ここ数年の自分は、何かにあがいているような気がする。

 ノックアウト寸前の僕を救ったのは、Psykopippiの演奏だった。リハの時から、ボーカルのサトコさんの唄は、裸というか、聞いている僕に魂がむきだしで来る。もちろん、本番はもっと。

 何だろう。僕には無いのか。それとも、どこかに忘れてきたのか。

コラボレーション、魂のやりとり

 グリコアワーは、本番を迎える前から、既に2回、3回と続いていくイベントにしたいと、参加する人々が口を揃えていた。本番を終えた今、多くの人が一層強く思っていると思う。きっと、そこには仲良しクラブじゃなくて、お互いが刺激し合っている空間があるから、そう思えるのだろう。そして、その空間が、観客にも影響を与えていく。研究室の先輩が、当日、来てくれた。東京とかに行っても、また行ってみたい。元気をもらった感じと言っていた。きっと、その連鎖反応が、良いものを作っていく、良い社会を作っていくのではないだろうか。

 次回のグリコアワーは、第六師団+安曇やDJ+生楽器みたいなセッションが、どんどん増えて来るんじゃないかな。いや、その方がきっとおもしろいと思う。

 既に僕の中では、この人とこんな事をしてみたいというのが、頭の中を駆け抜けている。次回作は、盛岡を中心としたインディーズミュージシャンによるコンピレーション・サウンドトラックにしたいと考えている。

 今年は、「コラボレーション元年」と名付けたい。グリコアワーは、僕にそんな変化を教えてくれた。殻に閉じこもっていても、何もないよ。確かに、答えは君の中にある。だけど、答えへとつながる要素は、接点の中にある。

 盛岡のインディーズシーンは、結構熱い。それを世に伝えていって、さらにレベルアップ、ヒートアップをしなければ。僕は、そんな使命感を今、ひしひしと感じている。

 あっ、本当に転換点かも知れない。

 グリコォー!!

2002.2.19

投稿者 araken : 02:18