こんなことは きっと僕の周りでは起きないだろうって思っていたことが、起きるんです。身の回りで。
生きると言うことは、演出力を鍛えると言うことなのかもしれません。
そのシチュエーションを想像させるだけの体験を人生は己に授けてくれるのかもしれません。
そう捉えている時点で、僕はそういう生き方をしているのかもしれません。
それは、肯定も否定もしてはならないように思えるのです。
問題なのは、肯定している自分と否定している自分のどちらをとるかなのです。または、その挟間でいかに耐えるなのかもしれません。
永遠という一瞬がないように、一瞬という永遠もないのです。常に、そこには時が流れているのです。