年は明けましたが、気は晴れない。それが、2012年を迎えて想うことでしょうか。

仕事、311のことに関して、何も出来ていないという焦りだけが募る感じです。

ただ、2011年の最後の四半期は、答えが少々見えてきたような気がしてきて、それに向けてどうしようかと思いを巡らせることが出来るようになり、すこし気持ちが楽になった。

今年は、311世代として考え、動きたいと思う。

昨夜、腹の中にいる子供に蹴られました。おもしろいなぁ。

だいぶ理想的なことを考えた。

理想は、夢想なのか、と思ったときに、ふと、大先輩のことを思い出した。

かの人は、理想を追い求めた人なのだろうか。彼が今生きていたなら、何をしているのだろうと思いつつ。

理想。

夢物語かもしれないが、理想を描けなければ、現実は変えられない。

理なのか、夢なのか。

さてさて。

今週、短時間でしたが、盛岡に行ってきた。

その前から、「東北」について、311以降の落ち着きの無い中で考えていたことを改めて、311以前のことを含めて考え直し始めていたのですが、いろいろな人と話をして、新たな答えが見えてきたような気がする。

兎に角も、この理不尽さに、どう応えていくか。そのことを考えている。

組合、化学式、もくぎょう。どいつもこいつも、変態だ。

宮崎県の諸塚村に、リアルタイム中継のマイクを仕込むために行ってきた。村全体でFSC認証をとり、林業と森林保全に力を入れている村だ。また、グリーンツーリズムでも先駆的な村。山々の間を雲海が流れるという贅沢な景色を眺めつつ、自然の美しさと、人造物の至らなさを悟る。

帰ってきてから、翌日、自転車で夜の銀座を通った。イルミネーションやらオブジェが準備されていた。何ともまぁ、不格好なものたちだろうか。確かに、きらびやかではあるが、そのきらびやかさは、フェイクだ。

もっと、私たちは、こざっぱりとしなければならない。

SNSやWEBサービスを空気のように、当たり前に使いこなす子供たちのことをデジタルネイティブと呼んで、持て囃す論調があるが、自分は、それに嫌悪感を持つ。

だから、どうしたんだ?という。

時代に生きれば、時代の技術を身体の一部として使っていくのは、ごく自然のことである。

もし、自分に子供がいたとしたら、PCもiPhoneも、すくなくとも5歳ぐらいまでは触れさせたくない。彼らが持っている本当のインタフェースを育てたいからだ。そして、せまっこい画面の中に世界を見て欲しくない。

PCやら、デジタルデバイスというのは、とにかくも不完全なものだ。大人たちが、日夜努力してよりよいものにしようと躍起になっているものであり、それが「すべて」ではない。そこに、感覚神経がはまり込んでしまったら、そこに「限界」が生まれる。そこからの「拡張」が無い。少なくとも、こどもたちには、引き続き、それらを「拡張」してもらわなければならないのに、その世界に飼い慣らされては困るのだ。

むしろ、子供たちには、この時代に生まれたからこその地球大の視点で世の中を捉えて欲しい。地理学においても、人類学においても、環境学においても、今、人類は様々な視点を持ち、考え、思いを巡らせることができる。それも、省コストで。科学が、一部の階級の専有物では無い素晴らしい世の中なのだから。こんな時代は、人類史上、最高のステージだ。

地球も、世界も、広大だ。無限だ。それを、無限にセンシングできる身体というインタフェースで、そして、地球の種の中で一番優れている脳で、考え抜いて欲しい。ミクロの視点、マクロの視点を自由に往き来しながら。

そのために、子供たちは、Earth Nativeともいえるような、地球大の視点を前提とした「考え方」を身につけて欲しい。

視点というと軽く思われるかもしれないが、地球大の教養です。今、自分が食べているもの、初めて会った外国の人のこと、そういうところから様々な背景に思いを巡らせ会話ができる人、そういう人に自分もなりたいし、子供たちにそうであって欲しいと思う。

地球大の視点、教養、そして情操教育。

それをもった子供たちが、地球の新しい神経網とも言えるインターネットやソーシャルネットワークを触ったときに、その真価が発揮されるのだ。

そう、ニュータイプは、MSが無くてもニュータイプであったかのように。

「×(バイ)」のデザイン。

最近、そのことを意識している。掛け合わせることで、生まれてくる新境地。愛のキューピットみたいな仕事。

タイに洪水災害に関してメッセージを送るため、関係者で集まる。

タイの親水的な文化、日本を含めた東南アジアの親水的な文化の話になる。元々、タイはちょっとそっとやの洪水でも耐えうる国だったらしい。実際に、洪水に慣れっこの人々は、報道の写真で見る限り、日々を力強く生きている。どうやら、欧米的な都市構造、建築物が、今回の洪水の被害を拡大化したようだ。実際、被害があったのは特に工場であり、無くなった方の死因の多くも、溺死では無く、感電死らしい。元々の親水文化を礎とした、都市開発が進んでいれば、今回のような災害への対応も変わってきたのでは無いかと思う。

親水文化だとか、海洋文明という切り口で地球を眺めていく、さまざまな発見がある。環境問題から、宗教、生物学、数学、言語学まで。そうなってくると、地理学、宗教学、歴史学とか、そういう「縦割り」で語れない。地球儀を回しつつ、知識を縦横無尽に駆け巡らせ、語らなければならない。

今思えば、なんて、学校の地理、歴史、社会、数学などなどは、つまらないものだったのだろうか。ぜんぜん、感動的では無い!もう、先生方の利権争いのなれの果ての教育だったのでは?と思ってしまう。

知識は、ハイパーテキストでなければならない。ことがリンクすることによって、次のことが見えてくる。その関係性の中に、おもしろさがある。

勇敢な冒険なのか、それとも無謀な冒険なのか。

冒険は、その先に待ち構える試練を躊躇しては、成し遂げることができないものだ。

電磁波の話しを読む。まずは、電磁波が何者なのか、そして、日常生活の中で電磁波を被爆する(こう書かれると、放射能の問題があるのでドキッとする)状況が説明されている。最後に、電磁波がもたらす危険性とその被害の確率を。

電磁波による影響は、送電線による小児がんの発症率(どれだけ田園風景がきれいでも、送電線の下には暮らす気にはなれない)ほど、まだ明確な臨床的な数値が出ていないのが現状のようだ。危険らしい、ある問題に因果関係があるかもしれない、というレベルだろうか。脳腫瘍の要因としても取り沙汰されているが。妊婦の流産、生殖能力に関しては、大きな問題かも。

明確な数値が出ていないというのは、電子機器が人々に普及してから(つまり、問題の要因が発生してから)、まだ年月が経っていないため、有効な長期による検証結果が少なく、論じるまでに至っていないということらしい。脳腫瘍の発生などの顕著な症状は、長年の使用によるものだといわれているからだ。「わからないから、不安が募る」。あのことと同じ状況だ。

電磁波を本当に避けようとしたら、先進国にはまずいられない。黙っていたって、無線LANの電波は飛んでいるし、電信柱からも出ているだろうし、部屋中にあるコンセントは十分な発信源だ。50数年前までは、電磁波なんていう目に見えない恐怖なんて存在もしていなかったろうに。

人類が今抱えている問題は、人一代以上のスパンの問題だ。環境ホルモンにしろ、放射能にしろ、電磁波にしろ、もし、生殖能力に異常を来すとしたら、それは何代にも続く話しであるし、いずれの症状発生のメカニズムの解析にも、何十年にも及ぶ追跡調査が必要であり、インフルエンザの検査のようにすぐわかるものでは無い。

今まで、これらの影について書いた感はあるが、実は光の部分もあった。冒険は、光の部分を見て出発する。だから、大海原で前進できるのかもしれない。人類の科学による冒険の危険度は、ますます上がっているのだろうと思う。しかし、新世界を発見するには、冒険が求められる。

それが勇敢なのか、無謀なのか。

冒険には、備えあれば憂いなしとか、石橋を叩いて渡るなどということは、無いかもしれないのだが、どうなのか、舵を切る前に考えたいところでもある。新世界に、幸せがあるか?というのも論じなければならない。人類は、新世界で新種のウィルスに大打撃を受けたという経験を何度かしている。

冒険を続けるならば、「わからない」ということを前提に、人類は意思決定を、行動決定をしなければらならない。

昔の偉い哲学者が、わからないということを知っていることも、大切よ、みたいな話をしていたような気がする。

楽器と言うよりは、オルゴール。オルゴールと言うよりは、風鈴。

大学時代にVJをやっているときに、”Play the Visual”でありたいと話していた。

一度、映像作品を作ったことがある人は知っていると思うが、映像は、兎に角も時間軸における表現手法である。原始的な編集方法であるフィルムの貼り合わせであっても、現代的な編集方法の代表格であるAvidであっても、いずれにしても「タイムライン」に映像を載せていく。

そして、アインシュタインが何と言おうとも、映像の時間は一方向で、監督が決めた方向に流れていく。

伊藤豊雄さんが、仙台メディアテークについて「設計の初期から水のイメージを強く意識していた。川の流れにさした棒の後ろにできる渦のような建築を作りたかった。渦は周りの環境(水の流れ)とは少し異質なものであるが、周りが変われば渦もまたそれに対応して変わってゆく。このように周辺の環境にフレキシブルに対応してゆく建築を目的とした。」と語っているのだが、大学時代から、一方向に進む映像に何らかの違和感を感じていた。つまり、何かの作用の現象としての視覚があるのでは無いかと、感じていた。相互作用と切り離された単独として存在できるかもしれないが、存在できない有り様もあるのでは無いかと。実際、私たちが映像として捉える物事は、いずれも、何かの現れである。自分は、相互作用の現象としての、移ろう映像に興味を持っていた。

それが、自分にとっては、VJに繋がる話になる。その場の空気、クラブ的に言えばヴァイブレーションが生み出す波のようなものが、映像となり、光となる。一室に籠もって編集された映像よりも、その場で生み出される光の重なりに、求める映像の姿を感じた。

しかしながら、ここで大きな問題が生まれる。その映像を創出する自分は、演奏者なのか、何なのか、という自問自答である。

坂本龍一氏と岩井俊雄氏との作品で、MPI × IPM “Music Plays Images × Images Play Music”という作品がある。坂本さんが奏でるピアノから、プリミティブなグラフィックが一体となって生まれてくるという作品である。この作品において、映像の立ち位置とは?映像を生み出すアルゴリズムは、すでに楽器ともいえるのでは無いかという認識を持たざるを得ない。

映像生成装置は、楽器という、奏者との一体化した器となる。それを世に問いかけた偉大な作品ともいえる。

映像は、現象として、もう一度立ち戻った。

内田繁先生のDANCING WATERも、一種の映像生成装置ともいえる。水面を揺らぎ生まれる光たちが、空間を踊る。しかし、この水面の光たちは、「自然」である一方で「作為」的に動く。高精度のモーターが作り出す水流が、波紋を作り出しているからだ。

装置が作り出す光。しかしながら、水であるから以上、同じ光の重なりは生まれない。機械的では無い。

つまり、生成である。ただ、解き放たれたものたちは、自分が持つ個性に基づき、自由闊達に動く。その解き放たれる瞬間の方向付け(プログラムで言ったらパラメータ?)が行われているだけなのかもしれない。

発音は似ているが、生成は、再生とは明らかに違う。

流れる川があり、その水流による渦なのだ。

少なくとも、何らかの現象なのだ。

流れが重なり合うことによって生まれる造形、それが現象なのだ。

映像作品では無いが、ドビュッシーの「映像」を聞くと、そんなことを改めて、思い返す。

悔しいのが、静止画であるはずの屏風たちが、その映像生成装置としての片鱗を見せるときがあることだ。それは、なぜなのか、大きな謎なのだが。

いずれにしても、映像の生成装置としての作品を、作り、世に問わなければならない。

映像への関わり方として、今の自分は時間軸から生成へ、VJからインスタレーションへ、そhしても埋没する映像、現象へと向かっている。

ちなみに、坂本さんと岩井さんは前出の作品で1996年にアルスエレクトロニカでグランプリを獲っている。そして、同年、同じく別なジャンルでグランプリを取っている日本人がいる。竹村先生だ。そういうプレッシャーを感じながら、自分は次の映像を考えている。

常に、自分の力を試したいと思っている。「試す」というのは、如何に革新的であるかということであり、それを自分に求めつつ、外からもそう評価して欲しいと思っている。

唐突に、自分は盛岡には帰れないなと思った。帰るとは、居を移すという意味で。

今年、31歳になる。日本人の平均寿命によると、男性は79.64歳。まぁ、80歳だ。つまり、私の余命は、すでに半世紀を切っていると言ってもいい。その中で、自分は何ができるか。やりたいことの何割を人生の中でできるか、考え込んでしまう。

おそらく、来年から、自分は飛び回ることが常態化し、「遊牧民」化がどんどん進むのではないかと思っている。これは、悪いことでは無い。スピードとスケール感は違うかもしれないが、東洋的な伝統である。様々なところで、革新の試みに挑んでいくのではないかと思う。自分にとって未開の地、自分が何かを作り出せる地、自分を請う地に、どんどん向かっていくのだろう。

意気揚々と、前途洋々と語っているのでは無い。切実な問題として、限られた時間の中の焦燥感として、考えている。

盛岡の街も好きだし、盛岡の友人たちも大好きだ。だから、何か盛岡をつくる者としてありたいと思うが、それは直接では無いのかもしれない。後方なのか、間接なのか、そういった形になるのだろう。

あちらこちらを飛び回って、たまぁに身体とともに盛岡に戻り、土産話をする。いつもは、ネットを介したりして、魂(脳?)だけだが遠隔からコミットする、そういうことなのかなと思う。

まっ、また唐突に思い始めるかもしれないので、ここで限る話では無いが。

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