今日は次作のこと考える日である。もう少し、俯瞰的に捉えなければと、近り寄り過ぎていた自分を遠ざけるように仕向ける。

ケーキを食べたいというので、近所にあるケーキとパンをつくっているお店へ買いに行ってみる。その店のロールケーキは、前に食べたことがあって、評判通り美味しかった。食パンもなかなかなので、はてケーキは、と買ってみる。

んー、ケーキ屋さんのケーキとしては平均だ。もう、3分歩いたところにある、後からできたケーキ屋の方が確かにうまい。どこかの街にあるどこかのケーキ屋さんの味だ。きっと、前出の新しいケーキ屋ができる前ならば、この界隈では一番美味しかったのかもしれない。

そういったところに、何かしらの儚さを感じた夕暮れ時だった。

自転車用のiPhoneアプリって、意外と少ない。結構、コンピュータ系のデザイナで自転車好きのひとが多いから、いろいろ出ているのかと思ったら、そうでもない。来週、開発プログラムも登録されるはずだから、挑戦してみよう。

そういえば、アプリだけではなく、iPhoneに対応した自転車ガジェットも少ない。個人的には、MIT Media Lab.が開発したというBluetooth接続できるGPS内臓のホイール「コペンハーゲン」が欲しいが。

大体、自分が欲しいと思うものを作る時が一番早いし、面白いものが生まれる。一人称のデザイン。

ようやく、iPhoneを手に入れる。

確かに、これは良い意味でも、悪い意味でも、ケータイではない。

東京のバスは、降りるとき、真ん中のドアだ。だから、運転手さんに、「どうも」と言えない。それが、ちょっと嫌だ。

石、固まる。

今日は、closedなミーティングに参加する。とはいえ、話された話題は、これまでの事柄をあるテーマにヒモ付たものだったので、何かしら特記すべき秘密でも無いのだが、自分たちのまわりに、数多くのワンダーが潜んでいるのだと再認識させられる。

地球の「好都合な真実」を知り始めたという幸せ。

パノラマな夕日を見る。

ブレイクスルーに出会うというときは、出会うのだなと思う。おもちゃをなめてはいけない。

友人が知人の会社に就職するらしい。盛岡の就職事情。

ということで、「踊れる男」が盛岡に帰るらしい。

先日、妄想モードに入り、いろいろと考えていた。

頭を駆け巡ったものたちを振り返ると、その多くが学生時代に妄想していたものだった。そのままではなく、確かに形は変えているのだが、本質的にはあまり変わらない。改めて、最近、自分が取り組んでいることの多くも、実は学生時代の妄想による賜物の延長線にあるのではないかと、思い返す。

実は、先日、やっちゃったなぁと少々後悔することがあった。アメリカで高額買収されたサービスが、大学時代にやっていた内容そのもので、あの頃、グレないで続けていれば…なんて思ってしまった。しかし、それは、その当時の自分にとっても、序盤戦だったもので、その先に主戦場があった。だから、本当は後悔していない。むしろ、自分の考えていたことはまんあらでもなく、むしろ、今、その主戦場に向かおうとしているのではないかと。

その主戦場に向かって、愚直にでも戦い続けるべきだなと、今、改めて思う。

二十歳の頃の妄想。今、そこから10年経とうとしている中で、それを実現出来るか、今、正念場なんだと。逆に言えば、10年経っても実現できていない妄想に対して、自分は責任を持って当たらなければならないのだ。

同時に、今の自分の妄想が、その先の10年後にどう反映されるか。それもまた、大切なこと。良い妄想をしなければ。

もしかしたら、自分にとっての20代は、人生の妄想をかたちにする場を得ることだったのかもしれない。

東京

作詞:岸田繋 作曲:岸田繋

東京の街に出て来ました
あい変わらずわけの解らない事言ってます
恥ずかしい事ないように見えますか
駅でたまに昔の君が懐かしくなります

雨に降られて彼等は風邪をひきました
あい変わらず僕はなんとか大丈夫です
よく休んだらきっと良くなるでしょう
今夜ちょっと君に電話しようと思った

君がいない事 君と上手く話せない事
君が素敵だった事 忘れてしまった事

話は変わって今年の夏は暑くなさそう
あい変わらず季節に敏感にいたい
早く急がなきゃ飲み物を買いにゆく
ついでにちょっと君にまた電話したくなった

君がいるかな 君と上手く話せるかな
まぁいいか
でもすごくつらくなるんだろうな
君が素敵だった事 ちょっと思い出してみようかな

ま、大体、こういう感じで、相変わらずということですな。

煩悩を振り払うために神宮の杜を歩きながら、確信を得る。

学生時代に思っていたこと、映画監督は思想家でなければならない。

最近、どうにも、こうにも、眠たいときがある。

かなり深い題材に手を付けてしまったことを悟る。神経網に接続されたモビール。と、簡単に言うが、モビールとは、何なのか、系譜を紐解かなければいけないようだ。

ひとつ、面白いといえば、モビールはアルファベットで、mobile。モバイルじゃないか。だが、語源はフランス語で、「動き」と「動機」という二つの意を持つらしい。空間と時間の双方による表現としてのキネティックアートである一方、その動きが動機をもたらす!なんと!そして、それがモバイルであるということ。ここ数年、考えてきたことの、何か、新しい具現を感じる。

飯ずし、うまい。

酔っ払ったので、はさみを持つのはあきらめる。

新橋から築地まで、調査のため歩く。街の佇まいと言うのは、通りを隔てて、大きく変わっていく。

夜の築地本願寺は、とてもお寺とは思えない独特の雰囲気を持つ。

これをできるだけ、実践。

誰にも当てはまる黄金律を一つ言うなら、それは、家の中に、役に立つとは思えないもの、あるいは美しいと感じないものは置かないということだ。

ウィリアム・モリス「人生の美」(1980)

そういうものなのか、月曜の夜の表参道は、人が少ない。

週末、映画祭メンバーで、友人の新居にお邪魔する。相変わらず。次は、花見か。外ならば、人数が増えても安全だな。お好み焼きに、めんつゆは意外といける。

1年前のCakePHPを思い出す。

デザイナは、構想家であり、批評家ではない。

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