都市デザイン総合研究センター 『歴史文化施設と観光施設』 リレーコラム 都市の鼓動 第46回

盛岡市は歴史文化施設=観光施設と考えているようで,南部家の宝→歴史文化施設→大型観光バスの乗り入れ→観光客の増加→観光施設→経済的に潤う,という図式がありきか。果たして歴史文化施設が観光施設になりうるのであろうか。盛岡市には南部家の貴重な資料が保管されている。これまでに公開されなかったものも多いと聞くが,歴史・文化の公開が観光(客の増加)につながるという話は短絡しすぎていないのか。これからの観光は大型観光バスではなく,脚や銀輪でめぐる地元発信型「まち歩き」といえる。そこには箱物の前に行わなければならないことがたくさんある。ヒマラヤスギの管理もまたしかりである。

例の旧岩手県立図書館についてのコラムだが、最後の結びの投げかけが良い。街が丸ごと、観光資源でなければならないし、「丸ごと」と言うのは、その街での体験であり、経験である。そして、その街に訪れる人たちが求めているのは、そこでしか得られないものである。どこかの視察に行って、アレ良かったよねと言って、ハコをつくったってダメなんだと思う。ここにしか無いものを探し出すことが、大切だ。

この間、阿佐ヶ谷も吉祥寺の駅前の写真を並べて、風景としてほとんど変わらないと言う話があった。仙台の駅前も、千葉のどこかの駅前と同じ様な風景だった。

盛岡よ、そうはならないことを願うよ。

学術目的の著作物はフリーであるべき ? – スラッシュドット・ジャパン

ある Anonymous Coward 曰く、

ハーバード法科大学院の Steven Shavell 教授が、「学術目的の著作物については著作権を廃止すべきでは ?」との論文を公開したそうだ。

カレントアウェアネス・ポータルによると、学術論文を著作権フリーとし、論文の出版費用は大学や助成機関が負担することで社会的に望ましい結果が得られるのでは、とのこと。

前から思って来たんだけど、税金でつくられている成果物なのだから、国公立大の論文はできるだけフリーにすべきだ。私大においても、国の助成金が入っているワークはそうすべきだと思う。そのほかにも、税金で得られている情報が、国民に対して配信されるときに有料になっているのは、疑問に思う。

とある研究会に行く。話される内容が期待していたものまで達して無く、落胆して帰る。改めて、自分たちの仕事の特異性を認識する。

タダ券があったので、銀座ライオンに行く。限定の黒ビールがとても濃くて美味しかった。昭和9年から、建物が現存しているのは、あっぱれだ。

いつも、背水の陣。

AXIS (アクシス) 2009年 08月号 [雑誌]
最近、AXISは読む様にしているのだが、今回は結構興味深い記事が多い。ご多分に漏れず、中村勇吾のインタビュー記事を読みながら、その行間を読み取ろうと務める。いくつか、おもしろい発言がある。

特集の「プロジェクトレポート 次なるキーワードを探せ」が、結構おもしろい。いろいろと刺激を受けた。あと、これは勉強しなければと思ったのが、「非線形という発想が生み出すデザイン」。非線形的な発想よりは、「系」についての思考が気になる。同時に、「系」というのを「生態系」の中で捉えるということが大切。インタラクションだとか、GUIというのは、そもそも形を持たない。だから、生態系、系の中で、どういった相互作用の中で存在するか、このことを意識すべし。

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てくり」第9号に、友人の竹村育貴が裏表紙で記事を書いているということで、贈ってもらった。だいぶ前に届いていたのだが、ようやく読めた。その前も、別な盛岡の友人から頂いていた。引く続き、ありがたや。

ということで、内容のレビューを。

表紙と特集は、大通りの「ベル」。ベルの記憶と言うと、クラブVJの前にこっそりと晩飯を食べにいっていたことかな。ドアマンがいるというのは初耳。「ベル」は、あのびっくりドンキーの本店であり、発祥の地。ちなみに、原宿で、古着屋として構えるhajiroも、盛岡が本店だったりする。

もう一件、大通りで定食を食べるならば、「キッチンたくま」。落ち着いている雰囲気の内装に、バロック音楽が流れる定食屋さん。みぞれハンバーグがお薦めだったはず。あそこは、目上の方をお連れしても間違いが無い。

相変わらず独特の雰囲気を醸し出す沢野さんの「盛岡ことば de 赤いスイートピー」もおもしろい。盛岡ことばて綴るインディーズ映画って、結局つくらなかったなぁと、ふと思う。

「南部もりおか暖簾の会」のハンコも、おもしろい。それでもって、こういうのマッピングしたら楽しいのにと思ったら、次のページにちゃんと地図が載っていた。うーむ、勝手に今度、UMへクローズドに載せて、個人的に楽しんでみよう。

それから、盛岡で一番美味しい和菓子屋さんだと思っている「竹芳」も載っている。竹芳のお菓子は、銀座・三越でも買えるが、やはりお薦めは、盛岡で売っている竿もの。うーむ、誘われる…。

で、最後の裏表紙に育貴の記事が載っています。気が付いたら、育貴さん、実は専門学校の学科長!すごいなぁ。考えてみると、同世代の知り合いで「てくり」に載ったのは、育貴が初めてかも。

ということで、いろいろと今回も盛りだくさんの「てくり」。お手に取ってみては。

東京では、青山のABCなどで手に入るらしいです。

と、ここまで書いて思ったのが、東京で見つけた盛岡とかを集めるのも楽しいなと思った。意外と結構あるんだな、「東京の盛岡」。

先週末、家族行事で仙台に、家族が集結。久々に、ロイヤルストレートフラッシュな家族写真を撮る。

最大の目的も果たすことができ、残るは来年の最大級のショーケースに向けて。

久々に、布団で寝る。思えば、6月から、この7月まで、よく動いたものだ。「予定は未定」などと言っちゃいけないんだろうな、もう。予定はしっかりと立てなければ。8月は、英気を養おう。

気になるプロジェクトの話を聞く。話を聞いた瞬間、焦ったのだが、よく聞いてみると、焦りは無くなっていて、逆に自分が目指そうとしていることの重要性と必要性を改めて知る。

世の中、いろんな人がいて、いろんなものをつくっている。だから、「まぁ、つくろうか」と言って、つくっても、それは、誰かが代わりにつくってくれるものかもしれない。自分の存在が誰かと替え難い存在であるべき様に、自分が作り出すものも、自分でなければつくれないものでなければならない。

30歳を間近に控えて、人生の残りを考えるわけです。おそらく、子供が生まれれば、介護でも始まれば、自分がものづくりに当てられる時間はどんどん減っていく。そして、自分の人生も限られている。そう考えると、誰でもつくれる様なものをつくって、時間を浪費するよりも、自分にしかつくれないものをつくり、残り僅かな時間を有意義に使わなければならない。

某代理店プロジェクトでつくっているサービスが、自分が知らないうちにあちらこちらで展示されたり、発表されているようだ。自分が関わってるものが、予期もせずに、最新なネタとしてニュースなどで見かけると驚く。自分は、こういうものをつくっていたんだと、感心してしまう。

違和感の存在。

自然界に無い色としての白と、それが持つ潜在的なエロ。

展示会の撤収に行って来た。あっという間に、撤収は終わっていく。

問題は、そこに残る事柄をどう顧みるかである。

お次ぎは、10月の新作発表に向けて、また走り出す。

盛岡三高出身のインタラクティブデザインを学ぶ人が展示を見に来てくれたらしい。そのうち、三高インタラクティブデザイン部とか、作れそうだな。まぁ、岩手インタラクティブデザイン部でも良いのですが。

数ヶ月分のメールを書かなければ。

Neo_ao’s : 旧県立図書館

7/11の岩手日報によれば、旧県立図書館を改修して作る歴史文化施設整備において、カツラ15本も伐採する計画であるとのこと。

今回の整備計画については、13日に盛岡市のHPにのるようですが、今回採用された設計自体が既存の緑を活用する視点が無かったものと考えられます。

らしいです。

どこの誰だ、この計画を立てたのは?

と、問題提起。

すみません、なんだか、バタバタしておりました

気が付いたら、明日(〜15:00)まで

「触れる地球」展
http://www.tangible-earth.com/exhibition2009/

いろいろと今回も、修行しました。