なふみさんの芝居と真生ちゃんの芝居が、7月中旬に。

展示作業の山場は、越える。

展示に関しては、とても評判が良い。

まだ、展示に内容について多くは語れないが、7/5より施設のサイトがオープンになるので、このあたりから詳細を話せると思う。

久々に、コインランドリーで洗濯。旅するデザイナーの第一歩か。

今日のお昼はカレーライス。一同歓喜。

昨日より北海道入り。展示施工を続けている。

会場とホテルに軟禁状態。通勤は徒歩5分。

北海道に来たのに、うまいもん食えていないぞーと暴動が起きそうな勢い。

それにしても、緑に囲まれて朝夕過ごすことは良いこと。カッコーが鳴いている。

「弱さ」とは何か、ひたすら考え続けています。

一つ言えることは、強さは罪である。

強いと言うことが素晴らしいことだと、教わってきた様な気がするのですが、ここに来て僕らは、強さは罪であるということに気付き、強さに対して本当の脅威を感じるべきなのだなと。

あ、今、ラピュタの最後の方のシーンが頭の中を流れました。

弱いから、いかにも変容できる。強いから固まるしかない。

僕らは、今エレガントな変化を求められている。このときに、強くある必要は無いのかもしれない。弱さに包含された結合としての強さが必要なのかもしれないと。

水素結合は確かに強い結合ではありますが、それはフラジャイルな結合でもある。だから、水は優しくも、ときには意志を持っているかの様な強さを持っている。

弱いデザインは、決して弱っちいデザインではない。

例えばですね。

と言えるまで、ものごとを抽象化しなければならない。と、ダイレクトな数字が動くのを見ながら思った。

多くの本質は、ミクロとマクロでも語られるからだろうか。

先人曰く、愛も二元論で語られるらしい。ほんまかいな。と、突っ込みを入れたくなる。

展示プロジェクトで、来週より東京を長期間、離れます。

オフラインで、アラカワに、チョップを入れたい方はお早めにご連絡をください。

時計をつくっているのに、つくっている本人が時を忘れている。

今日も、気がついたら、こんなお時間。

1秒の世界 GLOBAL CHANGE in ONE SECOND改めて、1秒の世界に目を通したのだが、なかなかインパクトが、やはりある。一秒という身近な尺度の落とし込まれると、確かにいろんなことが肌で感じられる問題になって来る。

そうか、肌で感じられるということが大事なのかもしれない。タンジブルというのは、とても能動的な動作。しかしながら、「肌で感じる」というのは、受動的というか、とてもアンビエントな存在。それこそ、気配である。

ここに新しいキーワードが生まれた様な気がする。

肌で感じる。

Holz日記。:てくり モリオカ散歩地図

『てくり モリオカ散歩地図』
“てくり”で製作したモリオカマップです。
今まで紹介されたお店を中心にほぼマチナカは網羅されています。
待ってましたこういう地図!

これ、欲しぃ!

こういうのと、ユビキタスミュージアムが連携できないかな、と思う次第で。北の大地の仕事が終わったら、何かできないかなぁと思う今日この頃。

それにしても、てくりの皆さんは、良い仕事をしている。

Holz日記。:てくり×福田パン

そして争奪戦になった?かどうかは分からないけど、大人気で即完売であった限定の福田パンとてくりのコラボバック。
ワタクシの中でこのバックを持って欲しい人no.1はやはりあの人。
明日これを持って銀行に行こうかな。。。

良いなぁ。自分も欲しい。追加販売してくれないかな。それも、通販で。

てくりを買いに行けずの日々です…。

良き生活者だった。

「こと」のデザインといえば、原研哉、そして、ナガオカケンメイと、自分は思っている。情熱大陸が、ナガオカケンメイ特集だったので、仕事の手を休めて見た。

多くの点で共鳴、いや、それは生意気な言い方だ。正しくは、教わることが多い。

多くのコメントの中で、気になった言葉は、やはり冒頭の言葉。彼は、60年代の良きデザインされた製品をリバイバルさせてきた人であるが、なぜ60年代の製品なのか。それは、その年代のデザイナが、自分たちの生活の中で必要なもの、使いたいものとして、生活者の立場になって真摯にデザインしたからである。

とにかく、奇抜だからつくろう。そんなことに陥っていないだろうか。自問自答させられた。

本当に自分が使いたいものなのか。家族が使えるものなのか。

原さん曰く、デザイナは、「生活文化をつくる人」。なるほどなぁと改めて思う。

ちなみに、ナガオカケンメイの元上司は原研哉。

なるほどなぁ。

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