通勤・移動の電車の中で、AS3の本を大体読み終える。実際に動かすのでは違うのだろうと思うのだが、噂に聞いていたほど大変そうではないのでは?と思った。時間を見つけて、動かしてみよう。

クラムボンのチケットが届いた。春にがんばった自分へのご褒美でもある。

暑中見舞いを書かなければ。と言っても、紙じゃないが。

コニー&カーラという映画を観る。ギャングから追ってから身を守るために、売れないショーガール二人がドラッグクイーンに変装しゲイバーのショーに出て人気ドラッグクイーンになってしまうというお話し。映画というのは、視覚表現の冒険と価値観への冒険があってこそおもしろいと思うのだが、まさしく、この映画は価値観への冒険である。意外にも手堅い演出によって構成されている映画。奇抜なネタであればあるほど、手堅い演出が必要だと言うことなのだろう。

「てくり」が、表参道のABCで平積みになっていました。ご近所の方は、ぜひ。今回のてくりは、立原道造の「盛岡ノート」特集。個人的におもしろかったのが、渡辺さんの記事に書かれていた立原道造は建築科出身だったというお話。当時のモダニズムとは一線を画した考えを持っていたとかで、自邸は今で言うエコハウス的なものを考えていたとか。おもしろい。そういう視点から、再読するとまた違う盛岡ノートが見えてくるかも。

夏休みは、盛岡をフィールドワークだな。

先日の黒川さんさを見ながら、こういった芸能がきちんと継承されていることの素晴らしさを改めて感じた。さて、自分の立場では何ができるのだろうか、と自分に投げかけてみた。

地球大学に、オークビレッジの稲本さんがゲストでいらした。稲本さんは物理学者だったのだが、植物の可能性に地球の持続的な未来を感じ、木を育てるところから手がける伝統的な大工仕事に通じた木工大工集団を立ち上げた方だ。ELPのオフィスにある木のテーブルも稲本さんのところでお作りになったものだ。何でも木で作れるんですと自負していた。例えば、ビアグラス、レコードのカートリッジ。やれば、ケータイのボディだって作れますと仰っていた。日本が誇る木工が、ここまで進化しているのか。そう感じたときに、これを本当に日常に取り入れていかなければならないと思った。

盛岡・岩手にも様々な伝統工芸があるが、これを俯瞰的にまとめたアーカイブって見たことがない。ものづくりに携わる人間として、伝統工芸から近代のデザインまでをきちんとアーカイブし、未来への写像をそこから得る作業をしなければならないと思う。北のデザインと唱えるならば、これは最低限、抑えるべきことなのだろう。過去からの流れの中に、自分たちがいて、自分たちの今の状況に応じたデザインを考えていく必要があるし、そこで生み出されたものが、どう過去と未来への流れの一点になっているかを把握しなければならない。

これは、まちづくりに関しても言えることかもしれない。大体、変な建物が建つときは、それまでの歴史的な流れを無視して流れをつくったときである。コンテキストが断絶すると、変なものが生まれる。それが、斬新であればいいが、大体浅はかな考えの基に生まれたものというのは、奇をてらっているだけで、斬新ではない。

ニュートン曰く、「もし私が他の人よりも遠くを見ているとしたら、それは巨人の肩の上に立っているからだ」。個人的にも、最近、この巨人の肩を知ることに、多くの時間を費やしている。と言っても、まだまだ何も足りていないのだが。

10代の人たちに、地域を教えるときに、地域の巨人をきちんと伝えることが大切ではないだろうか。そして、伝えるべき人が、きちんと地域の巨人を知っていることが大切である。

そういう意味で、盛岡の伝統工芸やデザインのアーカイブをまとめていくことは大切なのかもしれない。もう一つ言えることは、局所的にアーカイブしてもおもしろくはない。ここに、北というエリアの視野を持って、江戸時代以前からの貿易と工芸の関わりなどを含めて、デザインの行き来も考慮する必要がある。となると、造船技術の話になり、はたまたここから造船と建築の関連性などの話なり、めぐるめく、ものづくりの歴史の話になるわけだ。

しかし、あれだな、自分がこういうことを言い始めるとは、おもしろい。自分たちの世代を鍛えるためのワークショップと10代のデザインを目指す人たちのためのワークショップ。何か実現できないかと思い始めた。ワークショップといっても、それはイベントである必要はなく、日々の諸行がワークショップであれば良いことなのだが。

夏期の長期休業の日程が決まったのでお知らせを。8/11〜8/19。

どこかへ籠もります。
既に、夏休みの自由工作テーマは、決め込んでおります。

国立新美術館で催されていたモネ展に駆け込みで訪れてきた。モネの睡蓮を見たかった。展示の入り口付近の混雑を避け、最後の方に展示されている睡蓮の絵たちの前にと急ぐ。

絵を前にして、なんだかこみ上げてくるものがあり、泣いてしまった。確かに、直島で見た睡蓮の方が大きくて絵としての存在感があるのだが、ちょうどタイムリーにこういった絵を見ると、何かに打たれたように細胞が騒ぐ。

形状は骨格が表すのではなく、光が表すのである。最近、そんなことを考えていた。特にも、情報の、その形状は、光のようなものの干渉の中で形状を「語る」のであって、これといった形状は持たない。その分、様々な状況によって、その干渉は変化し、光によって形づけられるように認められる形状は変化し続ける。骨格をつくるということは、光の変化の一要素をつくることであって、そのもの自体をつくり出しているとは言えない。

僕らが、認める形状とは、その変化の一瞬である。生々流転。

この感覚(水という無形のものを描いている点)は、横山大観の「生々流転」の画巻にも通じてくる。

モネの光は、何となく今自分が目指している、世を形づくるための表現としてのヒントがちりばめられている。

もう一回、直島に行ってあの睡蓮を見てみたいような気がする。

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盛岡デー in 東京に行って参りました。お目当ては、伝統さんさの「黒川さんさ」を見に。盛岡出身であるというのに、お恥ずかしながら、伝統さんさを見るのは今日が初めてだった。盛岡に住んでいても、さんさ踊りというとパレードの方になってしまい、あまり見る機会がないのが伝統さんさだ。伝統さんさは、各地域(集落)に伝わるさんさ踊りの派生系である。「さんさ祭り」のパレードで踊られる普及版の踊りとは違い、ダイナミックで土着的であり、エネルギッシュな踊りである。デジカメでビデオに撮ったので、YouTubeにアップした。

イベントでは、黒川さんさ以外に、畑中美耶子さんによる立原道造の盛岡ノートの朗読や盛岡出身のクラシック音楽家のパフォーマンスなどがあった。畑中さんの朗読は、もっと聞きたかったな。復刻出版された盛岡ノートは反響が大きく、会場で売っていた分が最後だったとか。恐らく、売れ切れたのではないだろうか。

会場は、さながら盛岡市人会。年齢層は高かった。上の世代で東京に暮らす盛岡出身者には、年一度の同窓会的なものなのだろう。

帰りにおみやげと言うことで、観客に、南部せんべいと盛岡の水が配られた。南部せんべいも懐かしかったのだが、それが入れられていた大きな盛岡紙袋がインパクト大。この紙袋、スゴイ。普通では持ち歩けない。

美なんていうのは、狐つきみたいなものだ。
空中をふわふわ浮いている夢にすぎない。
ただ、美しいものがあるだけだ。

先日、世田谷美術館で催されている「青山二郎の眼」展を見てきた。青山二郎なんて知らなく、ただ、骨董品の美しさに誘われて行ってきた。

優れた画家が、美を描いた事はない。
優れた詩人が、美を歌つたことはない。
それは描くものではなく、
歌ひ得るものではない。
美とは、それを観た者の発見である。
創作である。

美と向き合うということへの姿勢。それを見せつけられたような気がする。

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