今日は午後から微分・積分の復習を。最初は、どうだったかな…という感じだったのが、感覚的に取り戻していく。いろいろなページを見ていくと、自分が意識せずに使っている計算式などが、微分によるものだとわかったりしておもしろい。

自分が調べたかったことがネットのページだけではわからなかったので、いや、どう調べたら良いかもわからなかったので、オアゾの丸善へ。初めて立ち入る数学コーナーでタイトルと帯で適当に本を選んで、立ち読み。へぇー、はぁー、えっ…という事柄が一杯書いてあり、かなり頭が疲れた。良い本があれば買って帰ろうと思ったのだが、これという本には出会えず。

しかしながら、統計学や解析、はたまた株式の予測にも、微分・積分は応用できるとか。自分の場合は、こんなセクシィーな表現を…という場合に、こんな数式たちが活きてくる。高校では、こういう事も含めて数学を教えるべきないだろうか。少なくとも、黄金比と数列を美術と数学でハイブリットに数学で学べたら、生徒の食いつきは違うはず。Processingでビジュアライズしながら関数を教えたら、それは一つの美術教育につながるはず。

帰り道、ふと、焦燥感に駆られた。立ち読みした雑誌に得意げに顔を並べるデザイナたちの年齢を思い返すと、自分の年齢に近い人たちが多い。気が付けば、30歳まであと3年を切った。誕生日の日、あまり意識していなかったが、3年を切ったという事実が突如、自分を襲ってきた。

30歳とは自分の中でつくった一つの節目。これまでに自分は何を成し遂げられるか。

洋品店への小包、「ドン」音とともに発火…盛岡 : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

22日午後0時45分ごろ、盛岡市の洋品店に、紙製手提げ袋に入った小包が宅配便で届き、男性店長(28)が開けようとしたところ、シューと火が燃えるような音がしたため、店の外に飛び出して小包を路上に放り投げた。

どこのお店だろう?怖いですね、盛岡も。

河北新報 コルネット 社説 自民の道州制報告/説得力に乏しくはないか

参院選の論点の一つに、道州制もあるらしい。年金問題に隠れたところで、後退的な道州制の話は嫌ですね。

この数日、寝る前の1時間ほど、センサーとのシリアル通信の勉強をしている。どうしても使いたいセンサーがあり、それをどうやって使えるかを試行錯誤という形である。大学時代は、全然わからなかった世界だったが、最近はFlashからも操作できるインタフェースが用意されており、USB接続までできれば、後は何とかできる世界に。ハードウェアの知識に乏しいプロトタイプ主義には、ありがたい限り。

インタラクティブって、マウスやキーボードを使うインタラクションだけではない。と、今日この頃、考えております

カッコイイものをつくりたい。これは、クリエイタならば誰しもが思うこと。しかしながら、そのカッコイイの意味は千差万別である。二十歳前後のころは、とにかくも見た目がカッコイイものを探っていた。これでもか、これでもか、と自分が新しいと思えることをただ「ネタ出し」をしていた。

人と話していて、彼が携わるプロジェクトに於いてのかっこ良さは、社会貢献ができているかどうかなのだという話を聞いた。今までそういうことをかっこ良いと表現したことがなかったのだが、なるほど、確かにかっこ良いの一つの在り方だなと改めて思った。自分の場合は、そういった仕事のことは素直に喜べる仕事と表現することがあるのだが、かっこ良いの方がより直感的だ。特にも、クリエイティブなことならば。

この話を聞いた夜、自分の仕事においてのかっこ良さは何かと、グルグルと頭の中で考えていたのだが、今の仕事がそれこそカッコイイではないかということに落ち着いた。上っ面のかっこ良さを求めるのではなくて、本質的なかっこ良さを求める仕事ではないかと。本業で、社会に、文明に貢献できると言うことの素晴らしさ。そのこと自体に幸せを感じたいと思う。

先日、チーム内でミーティングがあり、ユビキタスミュージアムの新バージョンのベータ版を、認証制ではあるが、広く無料で使ってもらえるような枠組みになりそうだ。対象ユーザとしては、ユビキタスミュージアム的なコンテンツを持っているNPO、市民団体、研究機関などに提供していく。これまでに、問い合わせを頂いたいる方々には、話が決まり次第、別途ご連絡を差し上げます。

RiZMのBlog、VISION OF FASHIONに、六感アパートメントの写真が載っている。

もう2年前ですか。

また、盛岡で作品を発表するときは、モリオカティックな作品を発表したい。モリオカティックって何さ、という感じではあるが、東京にいるときと同じ事をしてはつまらない。と、思う。

夏休み、2週間ぐらい取れれば、そんなこともできるのだが…とぼやいてみる。

自分の存在と評価を主張することは大切であるが、その主張と周りとの評価に差があるとき、事が大変なことになることがある。特にも、周りの評価が自分自身が描いていた評価よりも低いときには、悲劇とも言えるような乖離が生まれる。

自分という存在、特にもクリエイタとしての存在は、常に冷静に評価しておかなければならない。じっと周りを見る。自分の作品を褒めることはしない方が良い、自分はそう思っている。褒めてくれるのは、使ってくれる人であり、周りの人たちだ。周りと自分の思うところがうまくあったときに、機運というのが生まれる。その気運が高まったときに、ちょいと動き出せばいい。その波に乗れば、必要とされるところに自分はすうっと進める。無理に進もうとすると、足下をすくわれ、平衡感覚を失い、本来はいるべきではないところに、押し流されてしまう。

最も重要なことは、ビックウェーブを掴むことなのかもしれないが。

といっても、ビックウェーブに乗るには、それなりの自分が必要なはずである。

いろんなことをリリースしました。お陰で、精神的に楽になった。体調も、戻りつつあるような気がする。

ちっこい盆栽が気になる今日この頃。

三バカトリオと言われて…の3人が緊急集結。三人の意見が一致したのは、「としまえんはえぇ」ということでした。故人を偲んで、一杯杯を交わした。

人は死んでも、残るものがある。良かれ悪かれ、その残るものが大切なのではないか。

然るに、自分はこのブログと言いますか、この文章群は残るものだと思っている。できれば、死ぬ直前まで書きつづっておきたい。気が付けば、高校時代から書いているものであるから、それはそれで最後まで、自分という人間の変遷を辿る意味でも書き残していかなければ。最近は、ここでも書けないことが増えていて、なんだか息苦しいときもあるのだが。

残るものの一番大切なものは、家族への愛であり、その次に続くものは、それは作品であることに間違いない。黒澤は、最新作が遺作だと言う。

「とりら」 ふるさと岩手の芸能とくらしをめぐるミニコミ 何時半次郎のKenBunLog/ウェブリブログ

盛岡おもてなしプラザでは、このたび発行された
ふるさと岩手の芸能とくらしをめぐるミニコミ誌「とりら」創刊号を入荷しました。
1冊 500円
表紙をひらいたとたんの「いわて芸能ごよみ」には圧巻。
2007年下半期の県内の神楽上演箇所がもれなく掲載されています。

おもしろそうなミニコミ誌が盛岡で登場したようだ。郷土芸能を扱っている模様。こういうのって、Amazonでさくっと買えると嬉しいけども、そうも行かず。これは、実家に頼んでゲットだな。

良い知らせ、嬉しい知らせ、つらい知らせ、悲しい知らせが届き、そして、自分も同様に人へと様々な知らせを送る。人とは、知らせのノードである。

ノードとして、その知らせを溜め込んだせいか、内臓が思わしくない。浸みる感あり。

大学時代からお世話になっていた方が亡くなった。移動の間、恐らく志し半ばのことだったのではないかと故人を思う。自分のような若造にとっての一番の供養は、先輩たちの精神を引き継ぎ、邁進し、社会に貢献していくことである、と自分に言い聞かせている。そして、その環を育んでいくことにある。

おもしろそうなお仕事のお誘いを受ける。もっと、インターネットはデザインコンシャスでなければならないと改めて思うと同時に、ぬくもりを持たなければならないのだと思う。その人の人となりが表れている興味深い話に耳を傾けつつ、インターネットにおけるデザインの在り方を考える。

自分をドライブする。その駆動源は何か?自分なのか、それとも自分をドライブしてくれる何かがあるのか。一つ言えることは、受け身ではいけないと言うことだろうか。もっと、自分をドライブしなければ。それは、無理に加速させなければということではない。駆動させなければ行けないと言うことである。流れる景色は、網角膜を刺激し脳を活性化する。動いているから、止まって見える景色の静けさがわかり、同時にめぐるめぐる景色の残像の美しさがわかる。

遅まきながら、弊社のサーバ群をグリーン電力化するお話しをし始めた。自分が提案するハイブリッド型までには行かないが、その前段として取り組みたいと思う。サーバ会社の方から伺ったのだが、サーバの電力需要は大きくなる一方で、新しいデータセンタをつくる場合は近隣の変電所の許容量まで検討して建設するなのだとか。

あっちの世界に、データを置くのは良いが、それがブラックボックス化してはいけない。そのサービスにどれぐらいエネルギーがかかっているのかどうか、そう言うこともこれから意識していかなければならない。インテリジェンスなシステムを組めば、いろんなことが可視化できるはずで、きちんと効率的にエネルギーを使っているかどうかを消費者側がサービスについて判断できるのではないだろうか。そう言うところからの新しいネットワークデザインもあると思うのだ。エコな視点から選ぶ、ブログサーバとかね。普段からそう言うことに気を付けていても、情報発信の部分でCO2を出しまくっていたら、それはもったいないこと。自分にできるのは、そう言うところからの変革なのだと思う。

キャンドルナイトの参加表明を募るサイト、”Candle Scape“をこの夏至もリリースした。キャンドルナイトの最終日まで、みなさんの投稿を受付中。今回は、細かいアップデートをしたり、検証作業などでへろへろでしたが、今回も、みなさまにお届けできて何よりです。久弥君の音を聞きながら、浮かび上がる世界からメッセージに耳を傾けてみてください。

一年前と半年前に、制作したFlashを開いて、挙動を調整したり、新機能などを付けてみた。前に書いたコードを見ると、自分の成長の軌跡を知ることができる。さすがに、半年前ぐらいだと、ちゃんと書けている。来年はas3で実装されることになるのだろうか。週末に、as3の本を買う。

晩ご飯を食べるために、スーパー2軒、コンビニ2軒を回る。食材を求めるとは、大変なことだ…。

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