4月
8
ドロドロと作業に当たる。
気分転換と近所のホームセンターへ。土と種を買う。相方によると、我が部屋はその内、ジャングルになるらしい。雄叫びの練習をしなければ。
昼に投票のため近所の小学校へ行く。どこに行っても、小学校の建物というのは独特のつまらなさがある。いい加減ああいう校舎は建て替えないと、行けないんじゃないかな。前に、仕事で行ったことがある小学校は校舎のなかに、小川が流れているという木目が美しい木造の校舎だった。なんだか、そう言うところからは良い意味でトリッキーな人材が出てきてくれそうな気がする。
4月
5
「プロフェッショナル 仕事の流儀」が、この間、宮崎駿を特集していた。
最後に、プロフェッショナルって何ですか、と問われた宮崎さんが答えた言葉。
いや、半分素人の方がいいんですよ。それは自分が選択して、自分がプロだからやるんじゃなくて、自分がこれをやりたいと思うからこれをやっているんだっていう。やっぱり精神の方が大事なんですよ。
この言葉が、じんわりと数日経ってから響いてきている。例えば、MOVIN’3が「映画が好きです」というコンセプトを持ち続けているわけだが、きっとそういうプリミティブな想いが重要なのだと思う。自分は、ものづくりが好きだ。そう言うことなのだと。
よく言われるのが、そこまで自分が好きなことを生業できることはとても幸せなことで、普通なことではないと。はて、そうなんだと、言われる度に改めて思うのだが、自分にとって見れば、いつもそれは断崖絶壁のところにいるような感覚なわけで、自分にはそれしかないという状況でもある。しかし、「いや、半分素人の方がいいんですよ。」という枕詞が、自分を少々救ってくれる。
「デザインって何ですか?」と聞かれたら、「あなたは何ですか?」と切り返してみようと、とある先輩が言っていた。それぐらい、デザイン、ものづくりというのは、存在が大きいものであり、一生かかっても解けない方程式であり、その形状と解法の美しさを追い求めたくなる方程式なのだ。
もう一つ、最近、強く影響を受けた言葉がある。
「美しさは、用途」
こんなことを言ってのけてくれた人は、今まで見たことがないと言うぐらいの衝撃。下町のベテラン職人の言葉だ。
ちなみに、自分が恐らく影響を受けているだろう監督は、岩井俊二、宮崎駿、ウィンター・ボトム。
4月
5

もう既にオープンしているが、先日、21_21のレセプションに行ってきた。21_21は、ファッションデザイナの三宅一生氏を筆頭に、深澤直人氏、佐藤卓氏がディレクタを担っているデザインミュージアムである。今週、オープンしたMID TOWN TOKYOの敷地内に、安藤忠雄氏の設計によって建てられた。自分は、今秋から始まる展示のクリエイティブチームのメンバとして関わっている。
元々、この21_21の企画は、イサム・ノグチ氏、三宅氏、安藤氏がその存在の必要性を語り合い、ノグチ氏の遺志を継いだ形で三宅氏が推進してきたプロジェクトである。
会場に行ってきて、とにかく、興奮と武者震いを覚えた。こんなに立派な場所で、かつここまで注目されている場において行われる展示に、自分が関わるとは…。また、オープンに際しての各メディアに掲載されている三宅さんのインタビューを読んでいると、この21_21が持つ重要性、そして、デザインの可能性、さらには三宅さんが抱くこの国に於いてのものづくりへの期待と不安について、とても個人的に考えさせられている。
自分はデザインに生かされていると思うことが多い。そのような自分だからこそ、ここですべきことがあるのではないか。愚直に真摯に取り組んでみたいと思う。
4月
3
病み上がりで見るどころではなかった「どんど晴れ」だったが、今日ようやく昼の再放送で見た。オープニングを見て、なるほどちゃんと盛岡をプレゼンすれば、こうキレイに見えるのかと大河ドラマのオープニングばりに感動してしまった。岩手山は、キレイだ。個人的には、宮本信子の演技が光っていると出演陣を見て思う。
都会育ちには、どうやら盛岡は「異国の地」らしい。でも、そうかもしれない。なぜかと言えば、自分からすれば東京は「異国の地」同然ですから。ただ、その異文化交流がまた楽しいのかもしれないが。
いずれにしても、明日からは8:15は朝ドラだ。
4月
2
とうとう体調を崩す。気持ちが悪いなぁと感じていたのだが、金曜の午後に本格的に発熱。あれよあれよと、39℃。週末は、安静な日々を過ごす。
このままだと、気が付くと桜は散っていたということになりかねない。仕事でTIDE TABLEなどと言っているが、まったくそんなTABLEで動いていなかったことが原因であろう。意地でも、TIDE TABLEは守るべきではないかと、今後の仕事の仕方について盛り込みたい。自然に身を任せることが重要。
東京家族と友人に久しぶりに会う。こういう状況だからだろうか、何だか心も和らぐ。