2月
9
「あぶなぁい!」といった様相の1週間。
石井裕教授を特集した番組を見て、単純な自分は盛り上がっている。
映画なら岩井俊二、メディアアートならば岩井俊雄、そして、コンピューティング研究ならば石井裕。そんな学生だった自分には、久々に、tangibleというのことを考えさせられる内容だった。
この番組を見る前に、帰りの電車の中で、インターネットの次に自分が学ぶべきものは、プロダクトデザインなのか、でも、それを学ぶにはタイミングが遅すぎるのかと考えたりしていた。石井さんの元で動く院生たちは、28〜30歳ぐらいの人たち。無論、30倍以上の倍率をくぐり抜けてきた優秀な彼らではあるが、自分より上の彼らの姿を見て学ぶと言うことに遅いはないのだと考え直させられた。「why」をギリギリに求めて考え、世界に例のないアイディアを求める彼らの挑戦する姿は心打たれる。自分も、何かそう言うところに身を投じなければならないのではないか。
サイバーとリアルの境界は、曖昧になっていると言われているが、依然とその間には、「曖昧」なボーダーが存在している。意識の面から言うと曖昧さが進み、ハードという面から良いとそのボーダーは未だに明確である。しかしながら、その境界はどこかで歩み寄り、何らかの着地点を見出すべきものである。今は、二つのぼやけた境界線が、一緒に止まろうとせずに、人類の技術の発達と意識の覚醒のカオスの中で、その居場所を求めて浮遊している状態なのだと思う。
何となくではあるが、自分が求めているモノの形が現れ始めてきた様な気がする。無論、それは自分の頭の中であって、まだアウトプットされていない。
「why」を求めて、「what」を描く。その逆もあり得る。
このところ、30歳後の自分のイメージを求めている。「成り行き」主義者の自分ではあるが、その成り行きは自分で方向付けなければならない。もっと、視野を広げ、新しいステージを求めなければならない。
2月
7
今日も、慌ただしく。
2月
6
制作で使う予定の筐体を開発したアメリカ人の技術者と打ち合わせた。と言っても、英会話ができない自分は、リッスンモード。6割ぐらいを理解するのが精一杯。後は、英語が話せるスタッフに、「え?どういうことですか?」と聞く次第で。驚いたのが、その技術者が持ってきたパソコン。最初はトランクかと思っていたら、それは、ノートパソコン!伝説のDELL XPSM2010!画面デカッ(20inch.)と驚くと、それだけでは収まらず、なんとキーボードがガコッと外れて、Bluetoothで無線接続。アメリカ人のノートパソコンへの考え方が違うのを改めて痛感。これは確かに、Appleから軽くて薄いノートが出ないわけだ。
英会話の重要さを痛感。一気に、自分の活躍できるフィールドが広がるのかと思うと、どうにかしなければと思う次第で。
デザ現の最新刊で、注目の若手デザイナ特集と言うのをやっている。一番最初に取り上げられているデザイナが、岩手出身の方だった。同郷の先輩ががんばっているんだと思って、それだけのことかもしれないが、勇気付けられた。
仕事の企画書に掲載するプロフィールについて問い合わせが来た。用意してくださったプロフィールに、「岩手県盛岡市出身」を付け加えさせていただいた。
基本的には、自分は粘土コネコネタイプ、であると自負して参りたい所存。
2月
5
K-1MAXは、いまいち盛り上がらず。
近所の魚屋に始めて行く。地元民が集まってくる感じが良い。
朝まで資料作り。
2月
3
今週は、ほとんど仕事と寝るだけの生活を過ごす。あっという間に一週間が過ぎた。それではいけないと、天気も良いので、前から行こうと話していた谷中のギャラリーへと向かう。
上野御徒町で降りて、不忍池をたどりながら、根津の方へ。池には、蓮の殻が無数に浮かんでいた。やはり水があるかだろうか、水鳥がたくさんいる。彼らの軽快なポップな動きを見ていると、心が和らぐ。
谷中に行くのに、根津へと向かったのは噂に聞いていた美味しいどん屋があると言うから。美味しいだけではなく、お店の構えも良いと聞いていた。
「釜竹」。行ってみると噂通りの蔵が建っている。尋ねた時間帯は、ちょうど日が建物へ正面に差し込んでくる時間帯だったので、写真にその重厚感が出ていないが、珍しい黒い煉瓦造りの蔵だ。入ると、高い天井の梁が印象的。
熱々の釜揚げをいろんな薬味と一緒に。タレを付けなくても、とても美味しいうどん。讃岐とは違う繊細な感じを受けるうどんだった。
そこから、またまたてくてくと、お目当てのギャラリーがある谷中へ。さすが、文豪が愛した街だけあって、今も古い建物が残っている落ち着いた界隈だ。
東京に良くある銭湯である。しかしながら、ここが今日のお目当てのギャラリー。この懐かしい銭湯という建物をギャラリーにしてしまったのがSCAI THE BATHHOUSE。中に入ると、きっと前はここに脱衣所があって、番台があったんだろうなというところに受付兼オフィススペースがあり、風呂場があったところが展示スペースになっている。コーヒー牛乳を飲みたくなるような痛快さがある。会心のリノベーション。
遊び心も利いている。
銭湯が懐かしいと書いたが、恐らくこういった造りの銭湯は、盛岡にはないと思う。きっと、メディアによって刷り込まれたイメージなのだと思う。何でも、宮大工職人が銭湯も手がけるようになって関東を中心に広まった銭湯の典型がこういった、不思議に豪勢な造りなのだという。
展示を見終わり、谷中コーヒーをすすりながら、谷中銀座へ。東京でも有名な商店街らしい。この界隈何とも懐かしい雰囲気がする。風格は違いがあるのかもしれないが、なんだか盛岡の河南地区の界隈を歩いているような感覚を覚えて、自分にはとても居心地が良かった。気が付くと、このあたり家賃どれぐらいだろう…と考えはじめている自分が。
日本人は、白い無垢な物が好きだ。だからなのか、機能が変わると、建物を一から造り替えるのが好きだ。一方の欧米人は、惰性なのか、何なのか、ずるずると同じ建物を使い続ける習性があるように思える。だから、リノベーションと言いながら同じ建物を何にでも使ってしまうところがある。しかしながら、日本人も、ソフトウェアオリエンテッドなハードウェア利用の達人でもある。一つの部屋が寝室にもなればリビングにもなる。どうも、日本人は部屋の使い方が得意でも、建物自体になるとそうでもないのか。
今日見てきたいずれの建物の利用方法は、素敵であった。もしかして、こういう建物利用は、大きな日本の歴史の中から見れば、新しい潮流になるなのだろうか。だとすれば、大切に伸ばしていきたい「文化」だと思う。
2月
2
六本木の国立新美術館で催されている、メディア芸術祭10周年記念展「日本の表現力」を見てきた。オープン仕立ての美術館で、ガラス張りの壁面が気持ちいい。内部構造もおもしろく、閉塞感漂う重厚な美術館というよりは、開放的かつ未来的な雰囲気がある。外壁のガラス面とは対照的に、床や壁に使われている木材とそれを照らす照明が暖かさを持っている。
展示は、中世からの現代に至るまでの視覚表現などを時系列で見せたり、これまでのメディア芸術祭入賞作品のセレクト作品が一望できる展示。今、仕事で関わっていることで気になる作品があったので、ちょいと無理して足を運んだ。
漫画やアニメのコーナーは、否応なくとも人が立ち並んでいるのだが、メディアアート作品のところでは、作品毎に人の反応がまちまち。作品に主役的に参加すると言うのは気恥ずかしがあるから、作品形態によっても滞留している人の数も変わってくる。見ていると、人気の作品というのは、普段の自分の行為だったり、自分が経験したことがある行為もしくは記憶を掘り返す作品であるような気がした。確かに、自分が「なるほど」と感心する作品も、そう言った作品が多い。
先日、低解像度なインタフェースであっても、それがとても高解像度な脳の記憶とつながったとき、それはとても瑞々しい体験になるかもしれないと、ミーティングの中で思ったことがあった。例えば、高精細なデジカメの写真よりも、ローファイなトイカメラで撮った一枚の方が、そのときに空気感を捉えていると言うこともある。
昔の作品を見ながら思ったのだが、現代の自分たちは、とても様々な表現手法を広いレンジで持っていて、その中から適切な表現方法を選択できる自由と苦悩があるのだと思う。実際問題、その苦悩の中に、自分はものづくりとしての喜びを感じているところがある。
今日、印象に残ったのは、「明和電機を見て育った世代」。確かに、明和電機以降とそれ以前では、確かにメディアアート、現代美術はスイッチされたところがあるような気がする。それは、デザインにおいてもかもしれない。
と、いろいろと考えた展示だったわけではあるが、美術館に着いて早々自分を迎えてくれたのは、とても切れない夕日だった。空ほど、巨大で繊細なインタラクティブなものはない。
2月
1
深夜まで資料まとめ。今週は、こういうことが続く。
大先輩デザイナの語らいを聞く。よく、デザインは物に付加価値を付ける仕事だと言われることがあるが、価値を付加しているのではなく、ものづくりとは価値をつくること自体のこと。確かに、確かに、そうである。自分が、価値をつくり出せる人であるか。とても、考えさせられた。
デザインって何ですか?と聞かれたら、どう答えるか。「あなたは、何ですか?」と聞かれて容易には答えられない。それぐらい答えにくい問いであり、常に考えていても、長く考えていても、答えにたどり着かないもの。裏を返せば、だからデザインの仕事は、一生続くのだろう。大先輩の飽くなき好奇心に触れて、そう思う。
企画書づくりに、スケジュール管理に、予算管理と、なんだかものづくりとは、少々縁遠いフェーズにいる。腐ると言うことはないのだが、自分は何者だったかなと思うことがある。しかしながら、将来的に自分でスタジオを持つことになれば、こういうことは当然発生するわけで、その前哨戦が既に始まっていると思えば、何とでもないことかもしれない。
3年前ぐらいだろうか、沢野さんに教えてもらった「盛岡ノート」が復刊したそうだ。いろんな捉え方があるのだろうが、最初に読んだ自分は、とても情熱的な愛の詩だと思った。こんなパンクに、自分の思いを綴るとはと興奮したことを覚えている。今度、盛岡に行ったときには、手に入れないと。そう言えば、和楽で高橋克彦氏が、八幡町の「ぶちょうほうまんじゅう」を紹介されていた。東京だけの話になるが、メトロで配布しているGolden Min.で斎藤純さんの小説が紹介されていた。
世の中、初めて買う物というものが当然あるわけだが、時には、これは一生の中で買うことはないだろうという物を買ってしまうことがある。今日、マイクスタンドを発注してしまった。ジャイアン的に音楽活動を…というわけではないが、なんだか自分として意外でおもしろかった。物自体は、プロトタイプ制作に転用されるのだが。