2 月
28
CF
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食わず嫌いだったColdFusionという言語を調べてみる。あら、意外と簡単ね、ということでプロトタイプ作りで使うことになりそうだ。メインは、動的なグラフ作成のためではあるが。可視化の基本はグラフにあり、ということだろうか。
都知事選、浅野氏が立候補する流れのようだ。選挙に締まりが出てきた。きちんとした政策論争を期待する。
オリンピックを悪とする人たちも結構いるのだが、オリンピックを行うというインパクトを有効活用して東京を良い方向へ変えていこうという人たちもいる。オリンピックを一つのマイルストーンとして、グランドデザインを描ける人が求められているのだと思う。
2 月
28
シネ街ック
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何やかんやで盛岡のことが気になるわたくしですが、こんな記事をGoogle Newsで発見。
盛岡市の13団体で組織するシネ街ック再発見事業実行委員会(委員長・吉田莞爾盛岡大通商店街協同組合理事長)は、同市の映画館通りと交差する通り2本に愛称をつける。地元住民に愛着の深い旧町名から「高砂町通」「亀楽(きらく)町通」とし、3月中に看板を設置。市民に身近でなじみ深い街づくりに取り組む。
記事によると、裏路地の活性化も考えているようだ。古い町名は、どういういきさつで命名されたのかも分かると、愛着を持てるようになる。街区名整備という名の町名の単一化は、土地が持つ文化的な地層を疎かにする残念なことである。一度は失われたにしろ、こういった細かい地名の復活が必要だと思う。
盛岡では先駆者として、文化地層研究会が旧町名マップなどをリリースしている。
2 月
27
大なた
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今取りかかっている仕事は、いろんな初めてずくめのことで、悩むことが多いが、一歩ずつ前進しつつある。結局のところ、誰が大なたを振りかざすか。プロジェクトってそういうものよね。気が付くと、今のインタフェースの最前線にいるわけで、そう言うところに自分がいるという感覚もないのですが、世にないものを追い求め、セクシィーなものをつくり出したいと思う今日この頃。リファレンスが少ないことの快感。これを常に味わえるところにいたいと思う。
週末、テレビで流れていた「スイングガールズ」を観て、北の雪が懐かしくなりました。たぶん、10数年後は北の雪でも異国の雪で子供たちと戯れている姿を最近は描いている。申し訳ないが、岩手の雪は当分お預けのような気がしている。
週末に、メディア芸術祭と江戸博に行ってきた。その話は、また後で。
2 月
24
用の美
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先日、東京都近代美術館で催されている「柳宗理-生活のなかのデザイン-」を観てきた。学生時代に、友人からその名を聞いたことがあったけど、当時は何にも興味を持たなかったのだが、プロダクトデザインに今日を持つ様になってから、その作品に答えを探ってしまうデザイナの一人だ。欧米の優れたベストセラーとも言えるデザイン作品と違って、彼の作品は、優雅ではあるが肩肘を張っていないところに、自分は親近感を覚える。恐らく、自分の部屋にも置けるという安心感があるのだろう。それと同時に、どこか懐かしい、暖かい曲線美。
「用の美」。柳宗理を語る上で、この美学は欠かすことが出来ない。この言葉は、もはや自分の仕事の中で大きなテーマになってきている。情報デザイン、インタラクションデザインという領域において、「用の美」というのはどんな形状をまとったとしても、芯にあるべき考え方である。
柳宗理が得意とした、または戦後の厳しい現場に於いて活路を見出した陶磁器の世界。この白陶磁器に、なんだか自分はUIの在り方を見出そうと、日頃考えたりしている。先日、本屋でたまたま出会った「白の消息―骨壼から北園克衛まで」も、民芸とも言えるような白陶磁器を中心に、骨董品を扱っている本だ。写真に惹かれて買った。よくあるね、でも、きれいだね、と言える形状。それは、本当に美しい。そして、それは美しいだけではない、機能としてもきちんと成り立っている。
機能が追求される機器、ITメディアだからこそ、「用の美」を見出さなければならないのだ、と自分は日頃考えている。
最近、納得いかないことがある。ケータイのデザインにおいて、グラフィックデザイナや建築家が持てはやされている。悪いことではないが、インタラクション、ゲームなどに精通したクリエイタが重用されるべきではないだろうか。先日、TOMATOがデザインしたケータイは気になるところ。普通に考えても、中村勇吾や西田幸司がつくるケータイインタフェースって、見てみたいと思う。無論、わたくしも、そう言った場所でお声がかかるように精進しなければならないのですが。
派手なデザインをつくることにあまり喜びを感じない。それよりも、生活の有り様を変える価値をそこに見出したいと考える。それが、生活だけではなく、文明も変えるようなインパクトを持つかもしれないという大きな可能性を抱きつつ。
2 月
24
FLEET
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FLEETのBlogが出来ていた。1stアルバムも出るらしい。楽しみだ。
本日は、久しぶりに、ゆったりと端末の前に。と言いつつも、溜まっているわたくしメールを読み、レス。で、あります。
2 月
23
建築家が政治家になるとすれば
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黒川紀章が、締まりの無い都知事選に出馬表明した。Blogなどを見ていると、あまり彼の出馬表明は快く受けいられていないようで、特にも建築系は黙りか、懐疑的なコメントが多い。そもそも、建築家が政治に手を出すべきではないという声もある。
最初、自分も、これは思いつきか、自己顕示欲から出たものかと思っていたが。都市計画に大きな影響を与える首長に、建築家が手を挙げるならば、それはそれでよい。それで、良いまち作りが実現されるならば良いのではないかと思えてきた。ただ、手の挙げ方があるのではないかと思う。
いくつか、氏が公約を上げているが一番の公約は、「オリンピック誘致反対」の様である。オリンピック誘致に伴う臨海開発は、一部の裕福層の利益になるだけだと指摘している。建築界では、この東京オリンピックをどう捉えるか、または向き合っていくかがホットなテーマである。そう考えると、「建築家・都市計画家 黒川紀章」は体を張って反対の意を表したことになる。
しかし、「反対」の一言で彼は、公約を上げている。
反対を掲げるならば、明確な代替案を出すべきではないだろうか。特にも、都市計画について自負があるならばなおさらだ。もしである。この時点で、綿密な東京の21世紀の姿が、力の入ったコンペプランのように提示されているならば、黒川さん、本気ですね、と評価は上がるだろうし、選挙告示の数ヶ月前から立候補擁立に迷走する政党よりもだいぶ信頼できる。
マニフェストはニアイコール、コンペプランだ。審査員は、有権者だ、都民だ。
という思いで、ぜひとも、黒川氏には、このコンペ(選挙)に取り組んで頂きたい。なぜならば、この選挙、選択の自由が本当にない選挙になりそうだ。石原都知事以外に、ちゃんとした人がいないから、石原都知事に票を入れるしかない、もしくは棄権するというパターンになりそうなのだ。
この間、冗談で言ったのだが、サスケが岩手県知事になったら、県議会場は本当のリングにしてしまって、政策のルチャ殺法が飛び交うようにして欲しい。本当にプロレスをしても良いけど、政治リングとかいって、「詩のボクシング」並みの熱い中継を展開して欲しいな。古舘伊知郎も放送席から参戦だよ。
2 月
22
2.5L
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消化系に違和感がある上に、フラフラ。
最近、そんな感じです。
2 月
18
テリー
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週末もこまめに、仕事にあたる。さすがに、集中力が切れてくる。頭の中が整理がつかず、混沌としてくるのだ。それでは、困るので虚構の世界に脳を預けてみようと、映画を観てみる。テリー・ギリアム!
このところ、話題によく上がった東京マラソンが催された。良いんじゃないでしょうか、ああいうイベント。たまには良いんですよ。銀座の中央通りを、防災演習と称して戦車が練り歩くよりは、市民ランナーが走り抜ける方がよっぽど良い。雷門の脇で、踊ってランナーを労う地元の人の姿が印象的だった。この際だから、御輿も担いで、エンヤーエンヤー、やってはダメでしょうか。
練り歩くと言えば、来月、盛岡で催されるイベントに参加する。パレードも予定されているそうで、ちょっとワクワク。
2 月
16
+81
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+81が10周年を迎えるそうだ。記念号が出ている。いつもではないが、ちょくちょく買っている雑誌の一つ。
自分がなりたいと思っていたクリエイターとかデザイナーとかは、+81に載っているような感じの人だったりする。
自分もそういう風になれるように精進しなければ。
21_21の10月からの展示がプレスにリリースされたみたい。
2 月
11
デブリ
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あまり大きな話題になっていないが、中国の衛星破壊実験は、大きな問題を二つはらんでいる。中期的には、衛星に頼った今日の情報社会の脆弱性の問題である。暗黙の了解として、宇宙空間は平和利用とし、テレビ局の前に戦車を置く国でさえ防衛能力を持ってこなかったわけだが、これからはそうとも言えなくなる。アメリカ軍はGPSを失ったら壊滅的であるし、GPSは僕らの生活に広く浸透しており、無くなったら一大事だ。世界の基幹的な船舶・航空に甚大な被害を与える。
短期的には、破壊された衛星の破片だ。これが他の衛星、宇宙ステーションに衝突したら、その被害は甚大。故障だけではなく、運用が停止する可能性もある。既に、いくつかの衛星の軌道が破片群と重なるため、危険視されている。この問題、国連なのか、他の外交ルートなのか、きちんと中国に遺憾の意を伝えるべきである。公共空間に、ゴミをまき散らし、知らんぷりとは、何事か。自分は、これはテロ、または北朝鮮の核実験脅迫と同等ぐらいに愚行に思える。
しかし、中国だって、浅はかにこの実験を行ったわけではない。その裏を考えると、背筋が凍るぐらい恐ろしい。宇宙空間の利用が近未来として考えられている中で、宇宙空間を制圧しようという動きは、とても懸念され、非難されるべき横暴である。
風車の弥七。
本当に、あの下北沢はなくなるのでしょうか。歩きながら、改めて思う。
暇を見つけては、デザインプラン練り。
