久々に、籠もって作業を。短期間で作ったFlashの見直しをしていたら、出てくる潜在的なバグ。悩ましい。

ここ最近、ひどい生活を強いられているからか、全然眠れない。体を元に戻さないと。調子に乗っていると、後で痛い目に遭うような気がしてならない。

自分にとっての、短期間、長期間の目標の修正が始まっている。短気と言えば短気ではあるが、「そうじゃないんだ」とわかったら、いつまでもそれにこだわっているのはどうかと思うので、次のステップを探すしかないかなと。世の中、タイミングですな。

何かを変えたいと思っているのか、Winノートでも買って、新しい制作環境を…何て考えている。実際には、変わらないような気がするが。恐らく、テクノロジーマニアなのだろう。何か新しいおもちゃ(ちと高いが)を買うことで満たされるところがあったり、そこから新しい何か作り出せるんじゃないかなって思ってしまう。そういう考え方もありかもしれない。みんながみんな、スケッチブックを持って、なんじゃろ、と言うわけでもないわけで。

高校時代からお世話になっている岩手のマルチメディア研究会が、アート&テクノロジー研究会に移行するそうだ。千葉先生@岩手大学のお知らせメールにも書いてあったが、マルチメディアという言葉が時代の流れに沿わなくなってきたということらしい。

しかしながら、マルチメディアって何だったんだろう。本当のマルチメディアが実現さされる前に、マルチメディアという言葉が神通力を無くしている。そんな気がする。

早速、A&T研のML登録をお願いする。

フラフラしながら、寝床を出て、事務所へ。もりもりと名刺を印刷。新しい名刺を考えないと。インタラクティブな要素を入れた名刺にしたいな。

池尻大橋に行って、BeGood Cafeの皆さんとTrace & Smileのミーティング。思いの外、最近、先日のタッチパネル仕事の人気が高い。汎用性を持たせないとなぁ。

夕方から、竹橋桟橋に行って、10月の展示会に向けてのミーティングに参加。渡辺保史さん、建築家の太田さんを前に、若造、がんばってきました。かなり、刺激的でした。ここでの成果は、10/4〜8までに幕張メッセで行われる展示会でお披露目予定。

その後、お願いをしていたキャンドルナイトのイベントにギリギリ間に合う。そしたら、原田郁子が!!演奏を!あぁ、徹夜していろいろつくって救われた気分。一緒に行ったジュン君と満面の笑みを。湯川潮音も良かった。後、普段は見かけな人を見かけたりした。しまおまほは、やっぱりコーネリアスに似ていると思う。

朝までアートカフェでの展示物の企画書を制作。打ち止め!という感じで、朝に布団の上に伏せる。

いくつか作業を出先でこなしつつ、内田洋行へ。ミーティングスペース自体がショールームのようになっていた。いろいろとおもしろい事例を見せさせて頂く。久々に、刺激的だった。これで、どんなことができるかなぁと妄想が膨らむ。

秋に納品予定の新作についてミーティング。水というのものから、考えられるインターフェースの在り方について、感嘆する。自然とは、如何に素晴らしいものか。そう考えてしまう。これは、先人の研究を学ばなければならない。

朝まで地球回廊ミーティング。次フェーズに向けてのパワーアップを話し合う。

pianaから新作音源をもらって聞く(世に出るにはまだ時間がかかりそう)。一つ言えることは、すごい人はすごいんだなと言うこと。こんな才能あふれる人と友人でいられることを誇りに思う。

尚明さんがおもしろいイベントに参加するらしい。Flashと装置の連携。タイムリーじゃないですか。10.29の展示は、これ系だな。アラカワ発のインタラクティブ装置作品に挑みたい。

京都絡みの仕事が2本。京都に行きたいです。京都の町屋、本当に借りるらしい。竹村ゼミのスペース予定らしいが、合宿所的に使ってダメかしら。

そういえば、今日は、自分の美的センスのおもしろさに自分でもびっくり。なぜ、それが良いと思ったのか、謎なのだが、とにかく惹かれた。不思議だ。ここ最近の中で一番不思議。

馳せ参じて鎌倉。いや、横浜と思ったが、不可能な気がしてきた。あぁ。

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今日あたりから気がつく夢想の世界に誘われていることが多くなってきた。ガッツリと寝たい。いや、決めた。来週、鎌倉に逃避行しようっと。なんだか、そんな気がしてきたぞ。新型ロマンスカー!

ここ最近、別なプロジェクトでやったことを、他のプロジェクトで適用することが増えてきた。いろんなことがシームレスにつながり始めている。いろんな知の共有と言いますか。そういう意味で行くと、やっぱり一緒にFlashを作ってくれる人が欲しいなと思う、今日この頃。

飲みに誘われるが、まじめに企画書づくり。何とか、送信。どうでしょうか…。

わたくし、一体いくらJRにお金を払えばいいのでしょうか…。

カードの明細っておもしろい。こんなことに自分がお金を使っていたのかと、ちょっとした日記みたいになる。と言うことで、5月の連休の頃を思い出す。

けど、今月、絶対、もう休み無しだよ。きっと。

Google Mapで盛岡駅周辺

このところ、ストレスを感じると言いますか、んぐぅー、もうダメだぁ!という頭になりながら事務所を出て、部屋に帰るからか。料理がストレス解消になっています。手短にと思いつつ、いつも何かを刻んでいます。と言っても、すべて自分の胃袋へと消えていくのですが。ぺろりと。

フジロックかぁ。みんなで行けば、怖くない…。

会社を起こすんですか…。どうしますかね…。確かに…。

Jeff Millsを聞きながら、構造から生まれていくワイヤーフレーム的な映像が頭の中を走る。最近、こういった構造的なところから何かインタフェースを、と思っているのだが、実際に自分が作るのは違ったりする。どちらかというと、水面を触るような、または木の葉に止まるしずくのようなものを触る感覚。そういったものをユーザーインタフェースで表現出来ないかと思っているのだ。情報とは実質、形を持たずたゆたうものでもある。それとのインタフェース、つまり境界。それをどう気持ちよくデザインするか。

情報は何か体にまとわりつくように宙を舞うように存在しているのかもしれない。半野さんのアルバムを聴きながら、羽衣のような包容感のあるインタフェースについて、思いを馳せたことがあるのだが、羽衣の中に実はトゲのようなものがあることで、よりインタフェースとしてリアリティを増すのではないかと思う。つまり、きれいで心地よい中に、痛く、自分の神経中枢を刺激するようなものが忽然と、または気付かないところで出現すると、そこに意外性があり、次の瞬間に入ってくる刺激は、とてもインパクトのあるものになるのではないかと。それが、実はリアリティを生むのではないかと。

好きな女の子のいつもの香りとは違う、なんだか生を感じさせるようないつとも違う別な香りが一瞬香ってしまったとき、めまいを覚える。それは、瞬間に表れ、次の瞬間にはなくなり、自分の中に残るのは、確か数秒前に、そういうことを経験して、さっきまでの相手とは違う相手を見つめている、さっきまでとは違う自分の存在。その2者の存在を確かに、客観的に見つつも、主観的な衝撃を理解しきれずにいる自分。そこに、リアリティがあるような気がする。

あらかわ遊園

どうでしょうか?

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