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 任天堂は27日、52年余り社長を務めた山内溥(ひろし)・取締役相談役(77)が、6月29日の株主総会で取締役を退任すると発表した。

 同氏は家業の任天堂骨牌(現任天堂)に入社した49年12月に社長に就任。02年5月の社長退任後も取締役を務めていた。退職慰労金は辞退すると申し出ており、同社も受け入れる方針。同社の規定では、退職慰労金は10億円余りという。山内氏は「ゲームなど商品企画に必要な投資にあててほしい」と説明しているという。

こういうの、かっこいいですね。

台東デザイナーズビレッジ

台東デザイナーズビレッジは、靴、バッグ、アクセサリー、アパレルなどのファッション雑貨関連のデザイナーの創業を支援するとともに、これらの産業の集積地である台東区の産業活性化を図る拠点として設立されました。

こんなのがあるんだ。ジュン君のblogより知る。

秋・冬に向けて、新オフィスというかスペースを考えないとなぁ。やっぱり、基地がないと。

GWは作品展示などで都内を離れられず、都内で何か…と思っていたら、こんなイベントを発見。

asahicom:50 years with miffy―ミッフィー展

うっひょー!これは、行くしかない。

GWの都内って、やはり混むのでしょうか。場所によるのかな。ちなみに、展示会場となる六本木ヒルズは、かなり混むらしい。確かに、去年、大変だったからなぁ。

via cine-futuro

相方のblogを見て感動。さくらがいかに満開に近づいていくかの定点写真。午前の様子から午後への様子の変化がすごい。一気に生命のエネルギーが放出されていくようで、力強さ、いや生命の確固たるものを感じる。

定点って、やっぱり面白いですね。普段、確かに見ている風景が連続に切り取られると、そこに再発見がある。その発見をしている時点で、ある意味別な風景になっているのかも。つまり、視点とは何かしら時間軸というものを持っているはず。今、自分が見つめている映像には時間軸がある。それは、いつもの時間。しかし、定点撮影された連続写真または映像には、別な時間軸が付加されている。そして、前者の時間軸は編集されていないのに、後者の時間軸はその一定間隔は誰かに決められており、編集されている。また、同時に、その映像に対しての意味合いの持ち方も変わってくる。

きっと、さくらをふと見上げたときには、この連続写真を見たときのような印象は無い。しかし、連続写真になったことによって、その印象を持つ。写真・映像は、人間の生身が持つ感覚を飛び越えさせてくれたのか。いや、人も想像によって、連続的な写真・映像を見ることができる。もしかすると、写真・映像は、人の想像力を限定されているのか。

限定。人が手で囲って、これは自分のものであると意思表示する。そのことによって、小宇宙を手に入れたように錯覚するが、自分もその小宇宙の一個過ぎず、無限の世界の一点にしか過ぎない。

そう考えると、今の映像を見ている自分も、定点撮影された連続写真を見ている自分も、無限の世界の一点。

明日、Tigerの発売日か。でも、イベント真っ最中なので、とてもインストールできない。GW明けの納品の案件が落ち着いてからだろうなぁ。

GWのお知らせをちゃんと書けずで申し訳ないです。しびれるほど、作業に集中しております。

昨日、中村さんと話したことをいろいろ思い返す。中村さんが話していた話で面白かったのは、格差を利用して売り出すと言うことだった。地方と都市の格差。それは、いろいろある。しかし、それを一方で利用してやろうというやり方。それには、とても共鳴する。

しかし、いつも思うのだが、その格差というものを地方都市の多くの人は、否定的に捉えて、目を逸らそうとしている。それは、格差ではない。「個性」なのだと思う。まぁ、個性まで言うと、どれもこれも個性なのかと言われそうなので、差異点と表現しようか。

彼が格差を利用すると言うことを最近、特に考え始めたのは、お店のWEBでのお客さんの動きらしい。扱っているブランドについて問い合わせがあって、通販で関東圏にも販売しているらしい。自分なんかは、試着して気に入らないと、高い服を買おうとは思わないのだが、気に入っているブランドだと違うのだろう。そういうことが起き始めると、いろいろ考え方が変わってくるようである。

自分自身も、東京や秋田の人たちと仕事を始めたときに、自分の中で何かパラダイムが起きた様な気がした。あっ、仕事の在り方って、ただ会社に行くだけじゃないんだなって。自分に価値がちゃんとあれば、いろんな所の人たちといろんな人たちといろんな仕事ができるんだと感じ始めた。

でも、アラカワ、東京にいるじゃんと言われそうだが、自分は常日頃から、いかにして盛岡に良い形で戻るか、盛岡に世界屈指のデザイン組織・コミュニティを作るかとか、そういうことを思案している。それは、同時に地方都市において、自由に仕事をするためのソーシャルデザインの一端でもあると思っている。盛岡でできたから、他の都市でもできるというのは、短絡的ではあるが、盛岡みたいな規模の地方都市は日本にいっぱいある。東京で云々というのは、いろんな人が考えている。それよりは、そういう都市で何ができるかというの方が、コミットとしての度合いが高いのではないかと思う。

そう言うことを考えたりしていて、最近思っているのが、盛岡・岩手の工芸品・デザインされた製品を中心とした通販WEBサイトを作ってみたいなとか、それを発展させてオリジナルの製品を開発・販売したいなとか、そう言うことを考え始めてくる。第3世界の話ではないが、自分たちが生産して、それをきちんと販売できる手だてを持つことが独立につながると思うのである。

中村さん、最近服を作り始めたそうだ。

たぶん、そう言うところから世界が変わってくるのだと思う。今、高校生が主人公の小説を読んでいる。自分が高校の頃、いつも感じていた怒りとか嘆きとか、未来に投射したかったことか、なんとなく、あのときの窓から見えた同じようにまばゆい若葉の木々たちを見ながら、思い返した。中指を立てる前に行動せよ。それ、あるのみ。

サーバがカーネールパニックを起こしてダウンするので、原因調査。結局の所、メモリがいけない模様。カーネルのバージョンが上がって、シビアに問題が発生するようになったのか…。メモリを入れ替えて落ち着かせる。お陰で、半日以上潰れたぞ。

GWの展示方法を確認。よしよし。

RIZMの中村さんが、東京に仕事できていて、晩ご飯を一緒に食べる。その前に、新しいWEBカメラを調達。確かに、画質は良い。

明日からヘロヘロ体制に挑む。

TVCMのURL表示制限~シリーズ「砕氷船ライブドア」(4)

TVCMのURL表示に制限時間があるらしい。本当なのだろうか?自分がIBCで仕事をしていたときは、フルで出していた。だから、15秒CMならば、12秒とかそれ以上出していた。

なんか、また知り合いが結婚したらしい。ぽつぽつと同世代で結婚する人がいるなぁ。

そんなこととは関係ないのだが、自分は結構保守的でかつ封建的な輩かもしれないと思った。そう思う様なことがあったので。でも、自分は正しいと思う。

なんやかんやで、GW企画の投稿部分を結局、自分が再実装している。そして、おもしろいことに手を動かせば動かすほど、イメージが膨らんでくる。制作作業というのは、そういうときもあり、そして、進んでいくと全体が見えなくなってくることもある。これまた、おもしろい。

気が付けば、月末ですよ、もう。

最近、RSSリーダーをbloglines.comに切り替えた。なんだか、こっちの方がsageよりも良いような気がする。それにしても、いろんなblogを読んでいると、世の中は広大だと感じる。自分が求めているものの半数は、世に実はあるのかもしれない。そのもう半数を追い求めてみよう。

サンマリノGP。シューマッハがすごかった。やはり、やれる男は、やるのだな。

ダメだ、最近、気が付くと、Windowsノートの検索をしてしまう。大きめの画面で、軽いヤツ。そんなのあるか?とか思いつつ、いろいろ探してしまう自分。

音楽を聴きながら、頭の中で音の細分化をしていく。その行為がなんだか、不思議なのである。丁度、そんなことを考えているときに、赤坂の防衛庁跡地にそびえ立つ4台のクレーンを見ながら、街の景色をパーツ化して細分化していくことは、これまた大きなパーツを動かすようでおもしろいなと思う。オブジェクト化。

昔、バーコードバトラーってあったけど、何かわからないものから、発生した情報というのは、なんだか魅力的なような気がする。あのお菓子のバーコードが強いとかってやっていた。そして、1対1を目の前でやる。それも、自分のカードの中から、これだ!というのを闘いの場に出す。遡れば、ドンジャラも、そんな感じだったような気がする。スポーツで行けば柔道の団体戦。最後の対象まで勝ち抜く感じ。ポケモンも、同じか。

まだ、意識の下にあるのだが、音の細分化の話とバーコードバトラーの話はどこか、つながっている。例えば、漢字の偏と旁の組み合わせでキャラクターができて、それらが闘うというKanji Battleなどというのは、どうだろうか?へんてこりんな漢字が強かったりする。そして、その強くなる理由は、偏と旁の由来に関係していたり。日本語をOS化するという竹村先生の話の小学館とか講談社版。そんな発想かなぁ。その際に、重要なのは、複雑な感じなのに、二つや3つに細分化されて、オブジェクト化されている点。確かに、街はそんなに簡単に細分化はできない。しかし、自然機械主義まで行かなくても、どこまでかはオブジェクト化という抽象化はできるはず。抽象化が想像力を飛躍させ、何かを具現化させる。

Yahoo!きっず恐竜カード

恐竜のカードが3Dに!こういうのいいな。ぜひとも、はたらく自動車版なども。

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